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少し触れたら壊れてしまいそうで、だけど放っておいても壊れてしまいそうで、消えてしまいで。彼女はそんな人だった。

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少し触れたら壊れてしまいそうで、だけど放っておいても壊れてしまいそうで、消えてしまいで。彼女はそんな人だった。

彼女は僕の生徒だった。教師と生徒という世間一般で言う禁断の恋。いや、僕の一方的な片思い。
教師とはいえ塾講師で、僕はただのアルバイトだ。辞めてしまえば彼女との縁は切れる。きっともう二度と、会うことは無い。

明るい生徒だった。勉強は苦手だけど努力家で、僕なんかにも気軽に話しかけてくれる快活な少女だ。だけどたまに、すごく悲しそうな顔をする。僕にはその顔の理由を聞く勇気なんてものはなかった。

彼女は中学2年生の冬に僕のいる塾に入ったと言っていた。受験も終わり高校生になった今でも塾に通い続けているのはきっと彼女の友人の影響もあるのだろう。

僕が彼女と話すようになったのは成り行きで、彼女の友人と話している時に会話をしたのがきっかけだった。それまで彼女の友人を担当したことはあったけど、彼女自信を担当したことはなかったから新鮮だと思ったことを鮮明に覚えている。少し人見知りなのだろうか、目を合わせてくれなかった。

彼女が高校1年生の時、初めて彼女を担当した。彼女は英語かからきしダメだった。教えるのにとても苦労した。だけど楽しかった。
初めて話したあの時から随分と仲良くなった。今では目を見て話してくれる。むしろ僕が照れて目を見れなくなってしまうほどに。ニコニコ嬉しそうに話してくれる彼女の顔を見るのが好きだった。

自分を頼ってくれることが、仲良くしてくれる事が、とても嬉しかった。僕が彼女を意識するのに長く時間はかからなかった。

ある日彼女に手を握られた。冷たくて白い、小さな手で包まれるように握られた僕の手は緊張と驚きで少し震えていた。頭が真っ白になった。手を握ったまま彼女はこう言った。『先生のおかげで初めて英語で3を取れたの!』と。通知表の事だった。
彼女は中学生の頃から英語がダメだった。高校に入って初めての定期テストで学年最下位を取っていた。その彼女が僕に教えられるようになってから一気に点数が上がるようになった。最低得点と最高得点の差が60点以上という快挙だ。

僕は嬉しかった。彼女の役に立てたことが。期待に応えられたことが。ただ純粋に嬉しかった。

気づけば彼女のことばかり考えていた。
今度はこの話をしようとか、ここはこう教えた方がわかりやすいかなとか、傍から見れば真面目に生徒に寄り添う良い先生に見えたかもしれない。

初めて手を握られたあの日から、彼女の距離は一気に近くなった。
彼女は寂しがり屋なのだろう。手を触ってくることが多くなった。他の先生にしているところは見たことがなかったから優越感があった。

最初は先生と生徒という関係もあったからやんわりと避けていた。だけど僕も抑えられなかった。少し握り返してしまった。タイミング悪く別の先生に見つかりこっぴどく叱られてしまった。

それを彼女に伝えてみたが直す気はなさそうだった。少し安心している自分自身に嫌気が指した。

彼女とは5歳以上の年齢差があった。僕はもうすぐ塾のアルバイトを辞めることが決まっていた。本当は辞めることを言ってはいけないのだけれどもうすぐ辞めることを彼女に伝えた。どんな反応をするのか見てみたかった。

彼女は一瞬すごく悲しそうな、寂しそうな表情を見せた。そしてすぐに慌てて無理やり笑顔にしたようなだけど泣きそうな顔をした。
嬉しかった。居なくなることを悲しんでくれているのだと思った。

彼女は僕のインスタを知りたいと言った。生徒と関係を持つことは禁止されている。だから最初は断った。だけど彼女は引き下がらなかった。とうとう根負けし、その日の塾が終わってから僕は自分のアカウントを彼女に教えた。

その日から彼女は明るく振る舞うようになった。どこか無理をしているようなでもそこに触れてはいけないと思わせるなにかがあった。

きっと辞めると伝えたからだ。我慢強く1人で溜め込む彼女の事だ。最後は笑ってお別れしたいとかロマンチストなことでも考えているのだろう。そんなところさえも愛おしく思えた。

馬鹿なところも努力家なところも無邪気なところも生意気なところも全部好きだった。

だけどアルバイトを辞めてしまえば、もう二度と会うことはない。
元々抱いてはいけない感情だったのだ。僕も彼女もまだ若い。これからたくさんの出会いと別れがあり、いつかきっと運命の人なんてものにも出逢うのだろう。

想いを伝えるという選択肢もあったが最後の最後まで勇気は出ないままだった。そもそもこれが恋かどうかなんて僕には分からなかった。僕にないものを沢山持っている彼女に、憧れているだけかもしれない。彼女との楽しい時間を終わらせたくない。そんな言い訳ばかり並べて、僕は逃げていたのだろう。

彼女は僕の最後の授業の日、自分が受ける教科が終わってからも自習をしていた。別れの言葉でも言われるのかなと少し身構えてしまった。しかし彼女から出た言葉は想像していたものと程遠いものだった。

『先生、今彼女さんとかいますか』

なぜそんなことを聞くのだろう。僕のことを好意的に思ってくれているのだろうかと自惚れしまう。居ないと告げると彼女は安堵したような嬉しそうな顔をした。そしてインスタをフォローしていいかを聞かれた。

塾の先生を辞めた今、先生と生徒という関係は解消され、男と女という関係になっていることに喜びと少しの恐怖を感じていた。

インスタ繋がった程度でなにが起こるわけでもないし、会話をしたとしてもきっと一時の時間が経てば彼女は僕のことを忘れていくのだろう。

彼女にとって僕という存在はその程度なのだ。DMでやり取りする程度なら問題ない。僕のこの気持ちは彼女に知られてはいけない。

そう思っているのに。立場は弁えているけれど、やはり期待してしまう。これがきっかけで彼女ともっと仲良くなれるのではないかと心の奥底で考えてしまう。
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