ただ一人になりたいだけだった。
教室の喧騒と、授業が終わった開放感で満たされたあの空気が、なんとなく落ち着かなくて。
誰もいないであろう場所に、行きたかっただけだった。
授業中は施錠されている鉄製のドアを開けると、ギィ、と重苦しい音がする。
いかにも恋愛漫画の告白シーンの舞台みたいな、夕日に照らされた屋上。
誰もいないと思っていた。
「あ」
でも、先客がいたらしい。
パッと茶色の髪をなびかせて振り向いた少女は、
「驚かないでね」
と、一言目に発するものではない言葉を紡ぐ。
「私、今から飛ぶから」
飛ぶ、という言葉だけが耳に入ってきて、その意味がわからなかった。
三秒ほどフリーズしてからやっとそれを理解する。
片手を柵にかけていたその少女は、
もう片方の手に握っていた紙をそっと地面に置いて、
「最期に人が来てくれて、よかった」
と笑い、そして、 ふわっと柵を飛び越えた。
空中に投げ出される少女の細い体には、夕日に照らされた白い翼が生えているような気がして。
直後、下の方から放課後の空気を劈くような悲鳴が聞こえた。
下を覗きたくもない。
不幸な場面に足を運んでしまった、と、心が重りをのせられたように重くなる。
あの少女の名前も知らないし、自分と会話を交わすこともなく終わったけど、
何故か、とてもあの子の死を痛々しく感じた。
普段、他人に情を抱くことなんてないはずなのに、何故か、
悲しいな、と思った。
『最期に人が来てくれて、よかった』
そう笑った少女の顔を、一瞬だったけど、はっきりと覚えていた。
彼女が置いた紙切れを手に取る。
そこには、たった三行。
『拝啓、今この手紙を見た貴方へ。
見つけてくれて、ありがとう。
翼咲』
彼女をたまたま見つけた僕は、きっとこの一瞬の命を忘れないのだろう。
この先も、ずっと。