そうですね。
命は同じなのに、価値は変わって行く。
誰もがその価値判断に委ねられる点では、平等に裁かれるよね。
全て世の中は相対性なんだと思う。
外側から見るのと、中から見る命の価値。
極悪人の人権とか、加害者の人権と被害者の人権の様な矛盾を含みながら。
「私なんか生きていても価値が無い。」と言う人が居る。
自己判断なのに絶対的と思っている。
その隣かも知れないし、数百キロ離れた場所に居て、未来に価値判断をしてくれるのかも知れないが、そんな人が必ず居る。
全ての価値は自分で判断されるものではなく、冷静に第三者が下してくれるものだ。
世界でたった一人でも、価値を見出してくれる人が居るならば、その人は生きる価値があり、産まれて来た意味がある。
誰一人からも価値を見出してもらえないのは、極悪人くらいなものだ。
だから、必要とされないため死刑となる。
それ以外の犯罪者は最低限、弁護士が飯の種として必要としているだけ。
間違えてはいけない、命の価値や産まれて来た意味は自分で決めるものではなく、他の誰かや社会や歴史が判断してくれものだ。
今価値が無くても生きているのは、まだ判断の時ではなく、将来判断されるのだから少しだけ努力しようよ。
その時、慌てないように。