初めて死を覚悟したあの時から、どれくらい経ったんだろう。その初めての時が、小4の夏休み明けから2週間くらいの時。僕はそれまでは一貫して、自分らしさを保とうと我慢してきた。でも、もうさすがに限界になった。人との関係がうまくいかずに、孤独に教室の隅でたたずんでいた。
授業中だろうと、給食の時間だろうと、構わず人とすれ違っては、泣きわめき、廊下を飛び出して、誰もいない階段にうずくまった。今思えば、とんだ問題児だったと思う。
実際、小2の頃に前科がある。算数の授業中、クラスメートとうまくいかず、教室を飛び出し、靴を急いで履き、校庭へ逃げた。クラスメートは一斉に追いかけてきた。先生が止めるのも無視して、追いかけてきた。怖かった。しかもすごい事実がある。当時、学年の中で一番足が速かった子でさえ、僕が疲れてゆっくりになるまで、僕に追いつけなかったようだ。人は、死を意識すると身体能力が向上するらしい。これが、僕が本当に怖い思いをしていたことを裏付ける証言だろう。もはやはちゃめちゃである。
そんなこんなあって、いつしか僕は人に近づくことをしなくなった。孤独を恨み、人を避け、社会を離れるようになった。これが僕の運命なのだろうか。
死にたいと初めて思った時も、やはり人が嫌いだった。初めて、包丁に興味を持った。ただ、他人が悲しむことを考えたら、やっぱり死ねなかった。涙袋が緩い僕は、ひとりでに泣いた。
小1から、先輩やクラスメートからの嫌がらせを受け、人に裏切られて、人と揉めて、孤立していって、今に至る。
死に場が見つからない。助けが欲しい。25日後でも僕が生きているなら、どうか僕に手を差し伸べて欲しい。