その店のオーナーは、とにかく自分が正しいと思い込む還暦をすぎたいい歳のおじさんだった。
人のことは「使ってやる」、自分が休みを取りたいだけのくせに「給料払ってるんだから俺の労働時間をお前に譲ってやった」と言うのが口癖だった。マジでクソ野郎だな。人手不足でもそのスタイルを崩さないまあなかなかの人格がクソ野郎だった。
当時フリーターは二人いて、そのうちの一人が自分だった。掛け持ちをしないフリーターというのは就業時間が長い。自分ともう一人もそうで、店の夕方以降のシフトを二人で9割埋めていた。
そんな中相方が転職で仕事を辞めた。当然店は人手が足りていない。
フリーター二人に店を回させていたオーナーは労働から遠のいており、年齢も重なり体は思うように動かないくせに口は減らないという、最初に出会った時よりとんでもねぇクソ野郎に進化していた。いや退化か?
現場には不文律がある。回す者が回しやすいよう段取りを組み、心遣いのある者が極力他人を慮るというのがフリーター二人のやり方だった。
そこに、歳だけ重ねたクソ野郎が(人がいないので仕方なく)乱入してきたわけである。仕事ができなかろうが効率が悪かろうが、雇い主は雇い主だ。現場の居心地はすぐに崩れていった。
そしてそのクソ野郎は、とにかく気分屋で負けず嫌いで自分が言ったことを絶対に撤回しない。
ある日、僕は仕事で小さなミスをした。今までなら「注意してね」「すみませんでした」で終わっていたような些細なものだ。
しかしその日のクソ野郎は機嫌がすこぶる悪かったらしい。一言目から威圧するような口調で責め立ててきた。とはいえ些細だろうが僕のミスである。とりあえず謝り倒していた。
説教というのは気が高ぶるとどんどん趣旨がずれていくことが多い。これも例に漏れずそうだった。激昂するクソ野郎はミスの指摘から人格を攻撃し始め、最終的に「お前とよう仕事せん、もう帰れ」と言われたのでその日は帰ることにした。こちらもこの状態のクソ野郎の面倒を見るのはだるいなと思っていたので二つ返事で帰ると言った。
その後、クソ野郎の口から勢い任せの言葉が出てくる。「もう来なくていいよ」と。さすがに一瞬フリーズした。そして冷静に聞き返す。「それはクビって意味ですか?」。その返事は「そういうことだよ」らしい。
ほう。どうやら僕はクソ野郎の気分でその場で突然クビになったらしい。ほー。へー。おいおいすげぇな。人が足りてなくてもう半引退してた野郎が店に出てくるくらい回ってないのに、1日9時間の労働をしているフリーターを辞めさせるらしい。なかなかの英断だ。
実は僕も、相方が辞めた時点で転職を考えていた。クソ野郎が乱入してきた現場が不愉快で仕方がなかったのと、相方が引き受けていた仕事の8割が自分に流れてきた(のに時給は1円も上がらねぇ、当然だが。)からだ。
僕は二つ返事で「わかりました。もう来ません」と答えた。その瞬間の奴の顔ほど滑稽なものは今年まだ見ていないかもしれない。そのくらいおかしかった。
「なんでや。もうちょっと頑張りますって言うてくれたらええんやんか」僕の返事を受けた奴の二言目はそれだった。正直その時は意味がわからなくて、本気で3日考えた。時間もったいないとか言うな。僕も思っている。
つまるところ、奴は「もう来なくていいよ」に対して「すみません、もっと頑張るのでここで働かせてください」という返事を期待していたのだ。すげぇ。なんでそこまで自分に、この店に自信があんの。バカじゃねぇの。なんでたった今クビを言い渡された立場で縋り付かないといけないのよ。こんなクソみたいな雇い主に。
まあそんなこんなで僕はクビという形で店を辞め、今は隙間時間に単発の仕事をしながら転活をしている。
幸いパートさんとは仲良くしていたので、後日急にクビが飛んですみませんとご挨拶に行くと「災難だったね」「でも辞める手間が省けて良かったと思うよ」と言葉をかけてもらった。相方が辞めた時、僕も立て続けに抜けることをパートさんたちは予感していたらしい。(もちろんこんな形ではなく自己都合でだが。)
そしてLINEでも少しずつ内部の情報は入っていた。僕が教えてもらっているというより、愚痴を聞いているという感覚に近いけど。
「僕がアイツのシフトをフォローしたらええから」と息巻いていたクソ野郎は早々に音を上げ、9時間労働の半分も保たないとのこと。
ここ2年ほど求人にフリーターの応募の無い店なのでどうなるだろうか。救世主が現れれば店は回るだろうが、そうでなければ潰れる可能性もあるらしい。
僕は因果応報という言葉を信じている。
元雇い主は「自分の人望でこの店に人がいてくれる」と言っていたが、店が回らなくなるまで人が去っていった現状をどう受け止めているのだろうか。まあ何も変わってないんだろうけど。いつか、そうやって生きていると自分の周りには誰も残らないと気付けるといいね。
さて恨み言はこの辺にしよう。突然クビが飛んだことを笑い話にはしているが、怨嗟をぶちまけたのは今が初めてだ。そして最後にしたい。こんなことを考えている時間も文字にしている時間も無駄で仕方がないからね。