ななしさん
どんなことでも、当事者にならないとわからない気持ちって多いと思います。
自分も発達障害の疑いがあると言われていて、実際に働くと「2つ以上のことを同時に出来ない」「パニックになると場所を問わず泣き出す」「何度同じことを注意されても改善できない」などのことが仕事の邪魔になりますが、今日はそれに対して「努力しないことを障害だと逃げて甘えてるだけ」と言われました。
言われて、言い返さなかったものの「脳の作りの問題は、甘えで片付けられるほど簡単じゃないんだけどな」と思って、またパニックになって泣きました。
また、自分は性別違和も持っています。
これに対して母はハッキリと「理解したい気持ちはある。でも、自分は自分が女であることに違和感を感じたことはないから、きっと本当に理解してあげることはできない」と言いました。
大好きな母の言葉だからということもあると思いますが、とてもうなずけました。
自分も、性別に違和感のない「一般人」の気持ちを理解しようとすることはできますが、完全に理解なんてできないと思ってますから。
話が大きくずれてしまって申し訳ありません。
ただ、不登校を経験したことがないから不登校の子の気持ちがわからないのは当たり前であり、わからないからこそいろいろと自分の中で思ってしまうのも当たり前だと思います。
その気持ちは自然であり、持っていて良いものだと思います。
ただ、不登校の子や、不登校の子の関係者などには伝えないでください。
困っている、悩んでいることに「羨ましい」と言われることは追い打ちにしかなりません。
不登校の子も、もしかしたら親の前で笑えることが羨ましいと思っているかもしれません。楽しいと口に出せることが羨ましいと思っているかもしれません。
推測で話していしまって申し訳ないのですが、あなたが素直に「辛い」と言えない辛さを、「羨ましい」で片付けられたら、それこそもっと辛い追い打ちになってしまうのではないかと思います。
当事者と、非当事者の思うことはお互い様なんです。
だから、向こうから「不登校じゃない、笑ったり楽しいって言えることが羨ましい」とか言ってこない限りは、「この子は不登校」だとわかる相手にあなたの「羨ましい」という気持ちを伝えようとはしないでください。
長くなってしまいましたが、最後に……
辛いのは不登校の人だけじゃないです。
あなたもまた、このような場で吐き出すと言う形でもいいですので、辛いを少しずつでも吐き出していってみてください。