ああそうか。私はずっとヒロインになりたかったんだ。
綺麗で心優しくて、みんなに愛される存在。
自分ならなれるって思ってた。
たぶん、早熟な子どもだったと思う。
勉強もできた。運動もできた。字も絵もかけた。背も高かった。
自然と注目されるように私は「出来て」た。
子どもの時は、モテるのに顔なんて関係ない。いかに男の子と同じ目線に立って楽しく遊べるか。
だから多分、足の速かった私はモテる方だったと思う。
常に他人から言われる、スゴいって言葉。
人気者だって肌で感じてた。気持ちよかったな、アレは。自分は落ちぶれないっていう安心感と優越感が常にくすぶってたのは、否定できない。
でも幼い私の中には、「出来る自分」と、もう一つの顔があって。
それが「イヤらしい自分」だった。
幼稚園に入る前から一人でしてた。
最初は、ただ単に気持ちいいからやってた。
だけど成長するとともにだんだん、その意味が分かるようになって。
見つかる度に親に怒られてた意味が分かるようになって。
自分はどこかおかしいんだと。
気持ち悪いんだと思うようになった。
タイミングの悪いことに、がっつりその手のサイト見てるところを母に見られたりね。
お母さんすっごく怒ってた。
今ならお母さんもどう対応していいのかわかんなくてパニクってたんだろうなあって分かるけど、
その時は、やっぱ自分キモいんだって、ショックだった。しにたいって思った。
まあそんなわけで。幼い私にとって「性」に関することはタブーになっていったわけで。
欲求と、抑圧する理性と。
わけわかんなくなって、どんどん過激な趣味に走っていくし。本物のへんたい異常者の完成です。どんどん異性と打ち解けられなくなっていく。悪循環。
…話を戻すと。
まあもう、この時点で私はどうあがいてもヒロインじゃないんです。
成長するにつれて、私の顔が可愛くないってことも知ってしまったし。
自分は人気者で特別だって、優越感を感じてた心も。
「イヤらしい」心も。
ぜんぶ、私がただのブサイクで気持ち悪い脇役だって証明してた。
たぶん、私の苦しみの一番の原因はコレ。ヒロインにはなれない、なれなかった自分。
私は男の子に求められることが生きがいだったのに。
心の根っこにしみついた自分への生理的嫌悪。求められない現実。
私、男の子達から求められたいんだよ。
でも、こんな願望自体なんか気味悪い。
汚い。こんな汚らわしさの塊な人間、いる?
根本がダメなの、気持ち悪いの。
普通じゃないの。正直、男の子に襲われるくらい愛されたいの。求められたいの。…変でしょ?
傲慢。昔のことばっかひきずって。
今の私には何もない。過去の実績なんて何の意味もない。何の価値もない。
私のことなんて誰も知らない覚えてない。昔の「スゴい」に意味なんてない。
なのにしがみついて、
いつまでもヒロインになれることを夢みている。
特別な人間じゃないって、何度も思い知らされたのに。
でも、だからこそ、こんな自分は不良品だって、私が一番わかってるから、だから、頑張ることも怖くて。
過去とか。夢の中とか。
そんなものにばっかしがみついて。悪循環。
でも私は変われない。根っこが腐ってしまっているから。
小瓶主さんへ
一通目の者です!
人を見下すとね、見下した本人は忘れてしまうけど見下された相手はいつまでも忘れない。だからね、いつか足元をすくわれる。
見下す生き方の逆がおすすめです!
相手を立てる生き方!
誰にでも人より秀でた才能が必ずあります。
自分より優れてるなと思った部分は素直に褒めるのです。
素直に褒められて気分を害する人はいません。
逆に褒められた人は協力的になってくれて、その才能を惜しみなく提供してくれます。
そうなんです!
みんなで長所を持ち寄れば、みんなの生き方が楽になるのです!
(特に同級生なんかは、学校を卒業してからもずーっと協力的で有り難い存在です)
しかしながら、長所同様、短所もそれぞれの個の中に必ず存在します。でも、短所には目をつむりましょう。
だって、自分の中に存在する短所を棚上げして、相手の愚痴を言う人は見下す生き方になってしまいます。
お客サマは神サマです!
神サマには短所が御座いません!
あがめたてまつりましょう!(笑)
一度試してみてほしいなと思います。
きっと楽になるから。