( ^ω^)はいどうもこんにちは
( ^ω^)下り階段がまだあると思って足を出したらもう段がなかった時の驚きは半端じゃないですよね
( ^ω^)今日思ったことをば
( ^ω^)私(七福)は「議論」が苦手です
( ^ω^)いやもう「嫌い」と言っても良いでしょう
( ^ω^)この社会には様々な「議論」があります。
国際的会議から家庭的な話し合い、さらに小さいレベルでは、
( ^ω^)「よお家康、そろそろ飯食おうぜ。マック行こうマック」
( ^ω^)「えー今日どうしてもモスの気分なんだわ。モスにしねえか光秀よ」
( ^ω^)こうして家康と光秀は、結局飯はどうするかを議論。自分の意見をだしたり妥協したり条件を出したり退いたり天下統一したりするわけですね。ええ。
( ^ω^)まあ要するに、私はこういったことが「めんどくさい」のです
( ^ω^)空からみれば豆粒にも満たない人間が地上でやんややんや言ってるだけ…自分の意見を主張し相手からなんやかんや言われさらにそれを反論し…
( ^ω^)話の内容やレベルより、もはや話し合う事そのものが億劫になりストレスでしかありません、今は。
( ^ω^)でも
( ^ω^)でもね。この考えも微妙に変わって来ています
( ^ω^)私は芸術美術がすきです、それは即ち「感動」
( ^ω^)人間の五感による感動。喜怒哀楽による感動。
( ^ω^)ありとあらゆる職業趣味、自然、人間。言ってしまえばこの世の全てに感動の種があると言えるでしょう。
( ^ω^)さて。
( ^ω^)「話し合い」、「議論」、あるいは「喧嘩」
( ^ω^)これらにも、感動の種が眠っているとしたらば…
(^ω^)ワクワクして来ないかね諸君…?
( ^ω^)議論の中で、あらゆる「気付き」や「ひらめき」が出る瞬間…
( ^ω^)この快感(感動)、たまらないです。本当に。私のある親友は「価値観がぶつかる喧嘩上等」と仰っていました。
( ^ω^)こういうこと何でしょうねー、たぶん。
( ^ω^)とはいえ、私はまだまだ議論を恐怖する心があります。
( ^ω^)議論(あるいは反論)を恐怖しなくなる。すると、議論はおろか普段の何気ない会話でも、より正直に、より自信を持って意のあるおしゃべりが出来る!
そしてたまには休息という名の無駄話も存分によし!
( ^ω^)キリッ(ドヤ顏)
( ^ω^)じゃ、これから私は自分の中でナンバーワンの「味噌」ラーメン食ってきます
異論どんとこい!
( ^ω^)異論と言ってもこの場合「好きな味」は主観でしかないんですけどねwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
乱筆長文にお付きあい感謝いたします
七福
名前のない小瓶
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お返事が届いています
ななしさん
すごい面白いです
麦
ななしさん
長文になります。
御免なさい。
充分に議論出来る素質があります。
考え方も間違っていません。
他の方への返事にも書いたのですが、私の父親が先日亡くなりました。
父親は物書きで、テレビのコメンテーターとして、レギュラー番組も週に数本持って居りました。
著書には議論や演説に関するものも、数冊あります。
でも、そんな本を読んでも議論は上手くなりません。
議論は場数ですよ。
数多く経験した人ほど上手いです。
私は内気な性格な子供でした。
でも、父親があの人だからと、何でも議論場には私が選ばれました。
辛かったよ、恥ずかしい事が何度も有った。
正直、オヤジを恨んだね。
オヤジといつも比較されて、「馬鹿息子」って皆に呼ばれていました。あっ、今ですね。
でも、馴れてきた頃、確か高1だったかな。
相手を論破したら、会場全体から拍手が湧き、会場から出る私に、大人達が握手を求めてきました。
こうなると、この快感の中毒になります。
議論のコツは、正論しか言わない事と、相手を論破しない事。
何よりも、始める前から妥協点を決めておく事です。
馴れてくると、愛の告白も平気になりますよ。
告白は言った者勝ちだから。
でも、誰にでも言うので、「何処まで本気なの」と言われる事もありますね。
ななしさん
( ^ω^)私は塩ラーメンが好きですね~♪ 瑠瑠
ななしさん
なんとなく、この方は、ぽんずさんかな~?
まいたん
ななしさん
本来議論っていうのは喧嘩でも勝ち負けでもなく、意見価値観をぶつけ合い、考え合い、互いにその意見価値観を洗練し練磨して行くことだと思います。
つまり議論の本質は否定ではなく向上です。
例えば小瓶主様の書かれている昼の食事に何を食べるか。
これは最終的にお互いが納得の出来る妥協点を探すということにあります。つまり、二人いたとして、その二人が提示できる案の中で最も二人の総合の満足度が高いものは何かを探るのが議論です。
片方だけ満足度が高いのではさして意味が在りませんしね。
その場合一人で食べれば良いのだし。
一つの事柄がある。
その一つの事柄に対して様々な意見が出る。
色んな意見と自分の意見がぶつかることで角が取れて丸くなる。つまり死角が無くなって行く。
そうして色んな意見を知り自身の意見に厚みと重さを持たせる、そうして成長させて行く為のものだと思います。
多数の価値観が正解かもしれないし、若しくは科学の分野だと最終的に正解は一つになる。それらより良い答えを探す為のツールが議論だと思っております。
ちなみにラーメンは醤油味が好きです。
ななしさん
結局、人が決める物事の善し悪しは、その人の価値観とか感受性によるんですね。
「批判」と「批評」の違いは明確な理由があるかどうかだと思います。
批判の例…「あのCD買った?あれ最高だったよ。」
批評の例…「あのCD買った?私この曲好き。歌詞がストレートで共感できる。」
…って感じなんですが、上手く伝えられてませんね…。
「説得力は、意見にあるんじゃない。言い方にある!」
ななしさん
七福さんの小瓶好きだわー
ななしさん
七福さんこっち見た!(゜д゜)
ななしさん
とてもおもしろかったです!
笑いました!
ありがとうございます(*^-^*)
ローリエ
ななしさん
ケンタッキー派の私はどうするべきですか(笑)
16歳高2男。zelda。
ななしさん
(^ω^)十人寄れば文殊の知恵
議論は他の人も言ってたけど、現状を打開するための最善策を導き出す向上の話し合い。
勘違いしてる人がたくさんいる。特にネットにおいてね。
反論して自己満足を目的とする人は社会不適合者といわざるを得ない。
何故なら会社の社内ミーティングで通用しないだろ?向上どころか足引っ張りだもん。
話し合いを嫌いにならないでほしいな。
積極的に参加してほしいな。
進歩は話し合いから始まる。
貴方の考えがもしかしたら世界の常識を変えるかもしれません。
恵比寿
以下はまだお返事がない小瓶です。
お返事をしていただけると小瓶主さんはとてもうれしいと思います。