同性愛者の多い国って争い好きな気がする。アメリカ、フランス。アメリカは今も戦争行為を正当化してるし、フランスも互いの正義の為に血生臭い革命が乱発してた。
野蛮人なイメージがあるのは私だけかな…。カナダとかは例外として。逆に日本なんかは争いとは無縁の国だと思う。
性が多様化する事で、争いにも近い存在になるのは気のせいだろうか。性的寛容が西洋文化だから、それに関係した争いは避けられないって事なのかな?
「同性愛者が少なくても戦争してる」は哀しくて虚しい言い訳だと思いました。やっぱり、彼ら彼女らは争いに関与せず少数派であるべきなんだと思います。
名前のない小瓶
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お返事が届いています
ななしさん
公表している人が多いか少ないかじゃない?
ななしさん
権利を勝ち取るためには戦わなくちゃいけない。
平和を得るためにはどれほどの血が流れたか。
日本は争いとは無縁らしいですが、影で文句を言いまくるとかないですか?
ななしさん
同性愛者の人間はどこの国にも同じ確立で生まれてきます。
同性愛者が国ごとに多い少ないと感じるのは、その国で当事者達がカミングアウトしやすいかしやすくないかの差です。
日本も外国も同性愛者の数は変わりません。
名前のない小瓶
争いがないのは不満がないということで、我慢がない状態だと思います。
ななしさん
声なきものの声を聞くという発想がない人が多数を占めれば世間は騒々しく成らざるを得ないのではないでしょうか。
ななしさん
同性愛者や同性愛をカミングアウトしやすい文化であることが戦争と因果関係があるというデータはあるのかな?
言ってることは客観的な根拠がない主観的な意見だよね
しかも同性愛に偏見があるというフィルターを通してみた意見
同性愛に偏見があるのは自由だけど
わざわざ戦争と結びつけて考える必要があるのかよく考えてみたら?
自分がマイノリティの立場にこの先置かれないとは限らないんだから
ななしさん
うーん…
同性愛の主張が盛んな国は、他の主張も盛んだと思う。引いたら負けの文化が多少はある。
同性愛者が多いから争い好きなんじゃなくて、争い好きな文化だから同性愛者もガンガン主張して目立つんだと思う。
それから、日本人もじゅうぶん野蛮でしたよ。内戦も戦争もやってたじゃないですか。
争いに近い世の中にしたくなかったら、よかったら性以外にも目を向けてみてください。
名前のない小瓶
それこそ差別や偏見なのでは、、
それぞれの国にも、同性愛の人にも。
国民一人ひとり、人間ひとりひとり、ちがうとおもうよ。
同じ日本人でも、あなたと私の感じ方がちがうように。
ななしさん
日本は差別意識が強いからねぇ。
多様化しないで、枠にはまらないモノを淘汰していけば…みんな同じような量産型人間ばかりになればそりゃ争いもあまり起こらないだろうよ。
それで本当に良いのかは別としてな。
ななしさん
「同性愛者の多い国」とおっしゃいますが、同性愛者の頭数だけで考えてます?それとも人口対比率?根拠は何ですか?同性愛アピール活動の活発さ?活動家の人数?
世の中には「自分、同性愛者です!」と公言せずひっそりと暮らしたり、異性を愛するふりをしている同性愛者もいますが、その方たちについてはどうです?
日本なんかは争いとは無縁の国、ということは、日本には同性愛者が少ないと?同性愛が認められていないから争わないと?
世界大戦時に同性愛者がはこびっていたなんてことはありませんし、戦後同性愛者が抑圧されていったとか、それによって平和になったなんてこともありませんよ。
今安倍政権が集団的自衛権が何たらと強行に進めているのは、同性愛者が裏で手を引いているからだとでも?
ちなみに、性が多様化するとおっしゃいますが、異性愛と同性愛だけで多様だとは言えません。セクシャルマイノリティ、で調べてみるといいですよ。いろいろな方がいらっしゃいますから。
言い訳とは根拠のない正当化のことと思いますが、哀しくて虚しいとまで言い切れる理由を教えていただきたいですね。
彼ら彼女らが訴えるものは、少数派でなくなることではありません。少数派であると認められることです。
争いに関与せず少数派であるべき、が「少数派は黙っているべき」の意だとすれば、それこそ不当です。
繰り返しになりますが、「同性愛者の多い国って争い好きな【気がする】」だけだと私は思いますよ。
性的寛容と争いの文化は因果関係で結ばれるものではありません。
ななしさん
日本は排他的、差別的、閉鎖的な国だから。
アメリカが自由の国なら、日本は不自由な国だね。
みんな同じ考え方しかしないようになれば、争いは起こらない。
いじめられっ子が、いじめっ子は死ねと言うのといっしょ。
変な思想が入ってこないように、また鎖国すればいいのにね。
ななしさん
【小瓶主さんからお返事きたよ】
お返事ありがとうございます。
4通目の方
多分、どっちでも同じ事なんですよ。性的マイノリティが性的マジョリティに勝らないのは、少数派である証でもありますし。それの何が不満なのだろうか…と。今更マジョリティになりたい訳でも無さそうですし。
極端な話、マジョリティの固定概念(習慣として続けてきたチームワークの様なもの)を変える為に、それらと戦うつもりなのかな、と。別の生き方をした生き物を「同性愛者だから」変えようとする。それなら「生理的に無理(多数の和を乱す)だから、同性愛者は迫害すべきだ」と言う風潮がまかり通るのも、無理はないと感じたんです。
意見だけなら、こっそりそれ相応の機関に提出すれば良いのに「同性愛者だから」と言う一文を付ける「異性愛者だから」と言う声が現れるのは、当然だと思うんです。
本来的にマイノリティがマジョリティの生活、規範を犯してはならないし、マジョリティもマイノリティを理解し同じ生き物として認知して生きやすい環境を整えるべきなんですが、先に論争だけ起こされたらそれ以上の発展は当分起こり得ないだろうなと思ったんです。土からだめになると言うか。
何故彼ら彼女らには「戦う」と言う野蛮な選択肢があるんでしょうね。
3通目の方
意外と抵抗感と言うか…親密さがまだありますよね、日本は。民族的に優しいので。
要は肩書きとかじゃなくて、一人の人間として、まともかそうでないかの差だと感じます。
2通目の方
知ってます。昔から共存していたのも知ってます。日本には「衆道」と言う言葉がある位ですから。
やっぱり、存在が公にならない方が彼ら彼女らは生きやすい筈なんだと思うんですよね。カムアウトして幸せになる人(結婚やパートナーの為に)もいるかもしれないけど、それ以上に好奇の眼差しにさらされる事になる訳ですし。
彼ら彼女らが論争を起こす必要のない社会になって欲しいなぁと、思った次第です。
1通目の方
「今は」の話です。
昔の事を言っても仕方無いでしょう、今を生きてる人は当時を知らないのですから。憶測にならざるを得ないのではないでしょうか。
その「平和」とやらも結局は多数の犠牲の上に成り立つもので、言い方が悪いですが同性愛者の方が「平和」を求めて「論争」をするのが滑稽に見えただけなんです。結局同じ事を繰り返そうとする、ただの「人間」なんだなと。
本当に争いの惨さを知っているならば、そもそもその様な論争を起こそうとはしない。ないし忌避する。それが本心に背こうとも。
それが何か間違った事なのでしょうか。
何かにつけて争いで解決しようとする人間が生き残っても、後世の為になるとは思いません。
ご意見ありがとうございました<(_ _)>
ななしさん
少数派というより、単に公にしてる人が少ないだけでは。
氷山の一角みたいなもので実際はもっと沢山いると思うよ。
偏見持ってたり差別する人が少なくない中、隠してる人も少なくない。
ななしさん
争いに参加しなければ悪い状態が続く場合もあります。我慢では何も変わりません、自分も他人も。ホモセクシャルに向かってホモ(野郎)と叫びながら投石している人を盗撮した動画を見た事があります。彼らはなぜ石を投げたのでしょうか。それを思うとヘテロセクシャルに向かってヘテロ(野郎)と叫びながら投石するホモセクシャルがいないのが不思議です。居なくてはならないという事は無いのですが居てもおかしくはない筈なのですけれどね。(本当は何処かに居るんでしょうか、よく分かりません)
ななしさん
俺は銃で権利を勝ち取った国だからだと思うけどな。
争いとは無縁の国日本。
ほんとにそうかな?
無力だから日本も巻き込まれてゆく。
性と戦争、興味深い視点だと思うけど、
徴兵制度のある国じゃ、オネエの部隊もあると聞く。
今の時代、国として免除というわけにもいかないのだろう。
ななしさん
飲酒をしている人と飲酒をしていない人を比べると
肺がんのリスクが高いという統計結果が出る。
でも実は飲酒と肺がんは関係がない。
関係ないがなぜそういう統計結果が出るのかというと
飲酒をしている人は煙草を吸ってる人の割合が高いからだ。
だから
「飲酒をしているうち喫煙する人」:「飲酒をしているうち喫煙しない人」の割合と「飲酒をしていないうち喫煙する人」:「飲酒をしてないうち喫煙しない人」の割合で肺がんを比較すると同程度の割合になり、結局飲酒と肺がんには相関関係がないとわかる。
同性愛者の割合が高いと争いが多いという仮説は果たして妥当かな?
同性愛者が戦争をしかけている または 戦争に積極的に参加している とは言えないと思うので、現時点では妥当性は低いと私は思いますが。
以下はまだお返事がない小瓶です。
お返事をしていただけると小瓶主さんはとてもうれしいと思います。