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自分のまわりには「助けて欲しい人」がたくさんいた。あの頃の私は病的なまでに助けたかった。本当は私が助かり

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回顧の小瓶。
最近、頂いたお返事のお陰で自分の中の大きな気づきがあったので。

自分的どん底(中2~高2)の時、なぜだか自分のまわりには「助けて欲しい人」がたくさんいた。

今までの小瓶にも書いてきた共依存関係にあった元彼や、自殺未遂をした後輩が最たる例だけれど、他にもリストカッターが何人かいたり、家族に問題がある人がいたり…
狭い交友関係の中で、指折り数えたら両手が塞がる程度にはいた。
そして、そんな人たちが放っておけなかった私は、しょっちゅうそんな話を聞いて、でも何もできなくて無力感を感じて、心が荒んでいった。

メサイアコンプレックスとは少し違うけれど、あの頃の私は病的なまでに助けたかった。
それは、本当は私が助かりたかっただけだったのだと最近気づいた。

助けて欲しいという欲求を他人に投影して、助けてもらえない自分を満たそうとしていた。
でも、結局助けられなくて罪悪感を抱いて、
「次は助けるんだ」と新たな困っている人を新規開拓していく。
今思うとそんな悪循環に見事にはまっていた気がする。

意外と、宛メでよく見る
「私のまわりには困っている人がたくさん」
「まわりが頼ってくる人ばっかり」
みたいな小瓶は、
結局自分が助かりたいからまわりを助けていて、それが苦しいんだ、っていうのが当てはまりそうだなぁなんて。


中学の環境や人間関係を抜けたお陰で今はそういうことが全然ないけれど、
もしまわりに辛い思いをしている人がいたら、きっとまた私は「今度こそ助けたい」と思って色んなものを背負い込む気がする。

私の自己犠牲は自暴自棄をはらんでいる。

でも、もう私は「この人と一緒にいて自分を大事にしようと思える」人としか付き合いたいし、助けるならそういう方法しか取りたくない。
(実践できると言い切れる自信はまだない。)

私も、私のまわりの人も笑っている、そんな人間関係がいい。


私は、まず私を助けてあげなくちゃ。
49820通目の宛名のないメール
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りぃふ
(小瓶主)
飲み込めた(と思う)のでお返事返します。

まりちゃんさん

いつもお返事ありがとうございます!

そういえば以前依存関係にあったとき、相手に自立のハシゴを外されるようなことを言われていたなぁと思い出しました。

半年後には新しい環境にいるはずなので、そこで自分がどういう人間関係にいるのか、がある意味自己改革の中間試験の結果なのかな、なんて。

「その状態にいる私」を肯定してあげる、というのが頭ではわかっているのですがなかなか上手くいかなくて…。
ダウンロードに時間がかかるのは私もみたいです(笑)

無意識の自分を信じて放っておく。
難しそう。次の課題はこれかな…。
ゆるゆる取り組みます!



烏羽さん

いつもお返事ありがとうございます!

自分の問題を解決しないと、自分が苦しいし相手にも投影して「助けて欲しい人」を増産してしまう。
言葉足らずだったみたいでごめんなさい。
読んでいて「そうそう、そんな感じ!」って首をがくがく縦に振っていました(笑)

誰かを助けるためではなく、まず自分のために、自分を助けてあげたいと思っています。
前の私だったら、ご指摘どおり、目的が逆転していたかもしれない、なんて。

今までの私は共依存というか、過干渉というか、他人ありきの自分
(そのくせ他人を信用していないから心の距離は遠い)
だったので、今は上手く相手と距離を取ることを勉強中です。
自分の足できちんと立つことがまず目標。

背負い込むのがだいぶ癖になっていて、今でも前のことを思い出して自己嫌悪に陥ることもありますが、
信頼している先生に距離を取ることも大事なんだよ〜と教えていただいて、ちょっとずつ認識は変化しています。

少しずつ、じりじり変わっていけたらそれでいいかなって最近ちょっと思っています。
努力(継続)と積み重ねもある意味私の癖だから。
まりちゃん
さすが・・気づきの女王!
(すげ)

わたしも、同感です。

始終、あの人の力になってあげなきゃ!が
ポリシーの人というのがいます。

(助けたがり、ありがとう、が大好物の
承認欲求のエサ探しのひと)

そういう人の周りには、
助けて〜〜って、うごめく人が
寄ってきます。

見事な、需要と供給。

これ、どっちの人も、相手によりかかっていてなんぼなので
どっちがいなくなると、都合が悪いのです。
依存関係と申します。

だから、自分で立ちます!って言われちゃうと
都合が悪いのです。
助けたがりのほうは、わざと、はしごを外すようなことを言って
自立を疎外することもある。
(サイテー・・・)

りぃふさんは、そのくだりに気づいているので
自分が、在りたいわたし、に
似た人が、どんどん増えていくと思います。

笑ってしまうくらい、断言します!

だって、そういう人じゃないと
自分が、気持ち悪く感じるから。
濡れた服をずっと来てる感じの、違和感のこと。

例えば、罪悪感がある時の自分も
みじめなわたし、こわい!でパンパンのわたし、
恥ずかしいわたし、も
そこ、の、時点で、まるごと、
一旦、あってもいいよ〜〜と
◎をつけて(肯定)なでなで・・です。

あとは、ほっとけば、いいです。
勝手に、なんか、パカパカ箱が開くので。

無意識の自分を信じて、ほっとく!(待つ)
は、超大事。

人を育てるとかも、おなじだろうね・・
子育てとかも。
他人との関係も。

ダウンロード時間って、かかるときは
かかるからねーー*

(これはわたし)↑

オホホ・・
烏羽
誰かを助ける事って、支えようとするにしろ何かきっかけが見えてくれればいいなと思うにしろ、とても難しい事なんだと思ってる。

俺自身振り返ってみれば、今はそうでもないけれど、自分によくわからない罰のようなものを着せて、誰かを助けようとする事が償いになるんじゃないかと思っていた節がある。
それが自分が助かりたいから…だったかどうかは不明だが、よくわからないものを勝手に背負ったつもりになって、自分をさらに追い込んで、殺そうとまでしていた。

悲劇ぶるつもりはないが、結果的にそういうつもりはなくとも、悲劇であろうとなっていたんだろうかな。

誰かを助けようという気持ちは大事なものだとしても、自分が助かりたい投影の上で、投影だということに気付かないまま誰かを助けようとすると、「助けてもらえない」ように見える人を自分の中に量産してしまっていたりする事もある。
りぃふさんの過去がそうだとか、人の過去にどうたらこうたらケチつけたい訳でもないが、自分の中の助かりたい気持ちから、相手の中の助けて欲しい気持ちの形を括ってしまう事もある。

くどいようだが、これも、見え方自体が悪いという事はないんだと思う。
強いてりぃふさんの場合で言うならば、話を聞く事の行動源になっていたかもしれず、話を聞く事のそれ自体も、誰かしらの何らかの支えになっていたかもしれないのだから。
けれど、本当に相手が持つ気持ちに気付きにくくなってしまったり、相手が持ってもいないものを、本来は自分が思うものを、相手の中にあるものだと感じてしまったりする事もある。

自分の周りに問題があるのに、別の関係ない誰かを助けようとする事では、当然自分の問題は解決しないのだから、辛いまま。
まとめると、おまけに何度もその要素が他の人に投影されるから、本当はその要素がないのに、助けたいと思う人が何度も出てきちゃう…とか?

時には投影じゃなく、本当にその要素に近いものを持っている場合もあるかもしれないけど、だから自分をまず助ける…という事かな。

なるほどね。
そう考えると、あんまりよくわかってなかった言葉の意味だけど、それで認識を少しでもわかりやすくする為とかで、「自分を助けた方が良い」という言葉があるのかもしれない。

誰かの助けになれるように、自身の周りが心からの笑顔であるように。

自らを自らが助けようとするその姿を見て、知らず知らずの内、周りの人がそれに助けられるという事もきっとある。

…一応、それに関して言及したいだけで、小瓶と関係ないだろうけど書いとくとさ(俺が書きたいだけ)、自分が頑張ってたら誰かの元気、勇気になれる前提で行動しようとすると、上手くいかないだとか思っても、多分そりゃそうなんだよね。
行動を見て、支えにしているとか、元気を貰っているのは、あくまで当人でしかないから、こっちがなんとか出来る事じゃなくてさ。

そういう事があるとわかって、元気になってほしいな、という気持ちが出てきたり、結果的に元気のもとになれるよう意識しとこう、とかは良いとしても、こっちに選択権はないんよね。多分。
そこがズレてきちゃうと、おかしな事になったりする可能性もあるんじゃないかなー、っていう。

「自分を大事にしようと思える」、というのは、内容から推測するに距離感というか、人は人なんだ、とか、相手も相手の足で立てる事、って感じなのかと個人的に思う。

俺は、そう思えるからこそ、こうしたらいいんじゃないかとは思ったり言えるが、自分の足で立てる事というか、本当の意味では人を助けられはしないと思ってる。(今はね)
それも1つの距離の置き方になっていたり。(これにも良いも悪いもな※省略)

何にせよ、所詮他人の意見と憶測ではあるがね、地に足の付いた、立派な考えだと思ったよ。
自分をそれなりに頼れるからこそ、人を助けようとしたりも出来る訳だろうしな。

自分を助けようとする事で、方法を、肌身を持って学ぶ事もできるかもしれない。
…あるいは、悪循環かもしれなかった中ででも、ある程度見えていたものはあったのかもな。

助けようとするのも、何処までをそう解釈するかは人それぞれだろうが、手の届く範囲でもいい事だろうし。
助けようとしたり、それによって無力感を感じたりする事があれば、またこの小瓶に帰ってきて、読み返してみても良いだろうし。

振り返ってみて、自暴自棄やら背負い込んでると感じる事がまた出てきたんなら、それは癖なんだとでも思うしかあるめえや。
それを変えたいというのなら、また行動によって少しずつでも、見え方ややり方も、変わるだろうしさ。

今までと同じような所もあり、似ている所がありはしても、ほんの少しだけ違うと思えば違う。
「助けてあげなくちゃ」とは言われてるが、なんとなく、しなければならない、というような、ご自身を追い詰めてる言葉ではないように感じた。

動いた分か、悩んだ分か、一分一秒の違いか。
そんでいいんじゃろ。
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