もみじ県の市立商業、その最上階角部屋の総合実践室、そこに私の帳簿は眠っている
見本として卒業生のそれは残されるのだと聞いた
それに張り付いているどこかの伝票、あれは夏だったから7月か8月分、その裏には『リストカット』と大書きされている
ご丁寧に単語は大きな丸で囲われていた
どうしてそうなったのかは覚えがあるけれど、どうして隠すように貼り付けたかは分からない
おおかた、苛立った私があてつけするかのように糊付けしたのだと思う
あぁ、私はあの時、『どうせするなら当事者に見えないようにすれば良いのに』と思っていたのだ
商業高校関係者は覚えがあると推察するが、商業科独特のカリキュラムとして『総合実践』がある
データ上で、商品の仕入れ・在庫管理・売上・諸経費の分配・帳簿の作成を行う科目だ
母校だけかもしれないが、その授業の前は服装と髪型の検査を受けなければならなかった
違反項目があれば、見回る教員が手元の裏紙に書き込む
大抵は爪が長すぎることであったり、前髪をピンで留めていないことなどが書かれる
そうそうに自傷痕がメジャーになってたまるか
何より、まず手首へ傷を残した生徒は、私の学年には私以外にいなかった
ものぐさゆえに半袖から見える切り傷を隠さなかったことが敗因だろう
まさか書かれるとは想像すらしなかったけど、先生は何のためにあの言葉を記したのだろうかとふと疑問に思った
他者が私のどこを見ているか、について怖くなったのは後にも先にもあれこっきりだ
リスカの持ち主である私に件の伝票が配られたのは因果だろうか
「こんな書き込みがあったものを使って良いのか」と質問すると、教師は気まずい表情をしていた
卒業してもう長いのに、この記憶がリフレインして終わらない
他の黒歴史と同じに、私は墓場までこれを持って行くだろう
ずいぶんとつまらない
つまらないけれどそれが私だと知っている
夥しい自傷の数を黒歴史にしないしつまらないとも思わない、見た他者がどう思うかまでは頭が回らなかったのはたしかに私の落ち度だ
でも思う、物や周囲へ八つ当たりするよりましではないか
他人の体の傷跡を凝視して、その当人に何か得があるのか
自傷は違反なのか、わざわざ違反項目を並べる紙に書かなければならないものだったかと、書いたからには他の生徒へ見せない配慮は必要だったのではないか
まぁ、答えを察する人はまずリスカという手段を取らないのだと思う
わたしだけが、あそこに留まったまま動けないでいる