実際思いやりも優しさもどこにもないと思う。優しい人は間違いなくいるのだろうけれど、それを否定する人の方がよっぽど多い。
助けを求めていいんだよという言葉がうざい。心理学者だろうがどこかのサイトの管理人だろうが、優しい人だという自分に酔っているだけだ。
自分だって自分のことを自分勝手な人間だとは思いたくない。思いたくはないけれど、そう感じる人がいるならそうなのだと思う。その解決策を考えずにすぐに自殺に結びつける自分が憎い。
思いやりは違う。人を救うのは思いやりでも優しさでもない。思いやりも優しさもこの世にはない。
色々ネガティブなことを思うけれど、そんなことすべてここにを書いたらこの小瓶は掲載されないだろう。
この期に及んでインターネットをまだ意識している自分がいる。誰かの目に自分の書いた文が触れてほしいと甘えている自分がいることに、今自分でも驚いた。
自殺を踏みとどまり続けることは本当に正しいのか。自分には分からない。
分からない。自分を殺したい。
ななしさん
大丈夫か?これまでのメールみたぞ。
まず。優しくしている自分に酔うのは当たり前だろう。
だけれど、ここに「こんなよくわからん釣りかもしれん文章かきこんでる奴なんかどーでもいい、死にたいなら死ねば?」って感じの米があったらさすがに嫌だろ?いくら優しくされるのがうざいからって。ここに書き込んでるのも優しさを求めてるんだよ。共感してもらいたい、相談にのってもらいたいって。その優しさだって酔ってやってるかも。そう割りきって考えろ。
なんで自殺を踏みとどまってるのか、考えてみな。私にはここにある文章じゃわからないが、なにか理由があるはず。家族や友達がひっかかってるのかも?と少しでも思ったら、偽善だと思わないで、しばらくそいつらと接してみな。なんだかんだいって、意識してみたら楽しいと思うから。
もしただ死ぬっていうことに抵抗があったり、怖かったりするんだったら、それは当たり前。死後の世界なんかない。それを尊重しな。人間の本能なんだから。食欲や性欲と同じで、死にたくないからここまで文明を発達させてきたんだよ。
もしこれから人生楽しくなるかも、と希望だけで生きてるんだったら?
絶対になる。生きろ。
最後に、これまで辛かったな。
頑張ってね。