ありがとうも、
さようならでさえも言えなかった。
喋ったのは1日前で、
「元気?」
「ん……」
たったそれだけで、
次に行ったらもう喋れなくなっていて、
夜に行ったらもう冷たくて、
目を開けることも、
喋ることもなく
ただ何も感じず死んだあの人は、
最後に何を夢みたの。
隣で泣いた僕ら兄妹の声は聞こえましたか?
珍しく次男が泣いたんです。
その日からあなたの代わりのように成りました。
あなたが僕らを庇っていたように、
次男が今度は僕を庇うんです。
それを見るとやっぱり血が繋がってることを実感しますよ。
些細な喧嘩が無くなりました。
僕も次男も少し大人になったんだろうと思います。
でも、やっぱりあなたは遠いのです。
あなたの代わりはいないのです。
ありがとうを言いたかった。
頑張ったねって言いたかった。
僕らはあの病院で泣いた日以外は泣きませんでした
どんなに人が来ても、あなたが骨になっても、
あなたがつめたい土の中にいても。
僕らは泣きませんでした。
周りはみんな泣いています。
でも、泣きませんでした。
だって、僕らが泣くともっとみんなが泣くのです。
父さんもおばあちゃんも。
僕らは二人でピッタリくっついて我慢しました。
泣きそうになったら下を向いて唇を噛み締めました。
それ以外では笑いました。
だってみんな悲しむから。
僕らが一番近かったから。
火葬してる間に火葬場に一人で行きました。
お線香の匂いをあれだけ気持ち悪いと思ったのは、その日だけでした。
焼かれる様を見てなんで焼くのだと泣き叫びたかった。
連れていかないでくれと何度思ったでしょう。
あの人は熱いのが嫌いなんです。
でも冷え性なの。
その時です。
人前であれだけ泣かなかったのに、
何故がぼろぼろ涙が出るのです。
止まらなかった。
目をつぶって数を数えます。
目を開けて、
それから背を向け歩きました。
歩くのじゃ嫌で走りました。
玄関を出て外で息を吸って、
みんなの所へ戻りました。
みんな泣きながら思い出話を語っています。
でも僕らは参加しないでただ愛想笑いで、
なんだか夢を見ているようでした。
あなたが亡くなってから5年経ちました。
おばあちゃんは今も手を合わせています。
僕はお線香が嫌いになりました。
お線香は人が亡くなった時の匂いによく似てると思うから。
今日もあなたのいた部屋で次男と笑っています。
あなたの部屋でずっと待っています。
あなたが帰ってくるのを待ってます。