大学一年生です。
長いうえまとまりがありませんが何か意見をくださると嬉しいです。
高校三年間大した理由もなく学校を休んでいました。母はそんな私にあまりとやかく言わず、家にこもるよりはと言ってランチやお茶に連れ出してくれました。
毎日向かいあって食事をして、学校のことや家族のことやどうでもいい話をしました。学校に行っていたころより母と近づけた気がしました。
落ち込むことなくのんきに休み続けた私でしたが、そのころから母へ依存している自分が怖くなっていきました。何をするにも母がいてくれないと不安で。年齢的に先に死ぬのは母でしょう。母の葬儀を想像するだけで、もう真っ暗で、生きていけない気がしました。
そして高三の3月、母がくも膜下出血で倒れました。私と母と弟しかいない日の夜中でした。半目でいびきをかく母の横で救急車を待っていたあの時の焦燥感。正直今こうやって文字にしていても怖さがよみがえってきます。
母は生きています。
でも体のほとんどを動かすことができません。言葉を話すことができません。私のことを覚えているかもわかりません。
私の目を見て、相づちを打ってくれることもありますが、答えは曖昧で、正確ではなさそうです。まだ混乱の最中なのか、話しかけても話しかけても焦点が合わないときが多いです。
母は肝心な質問に答えてくれません。
体が動かなくてもいいです。言葉が話せなくてもいいです。
ただ私を覚えていると頷いてくれれば私は救われるんです。
母の劇的な改善はないと言われた5月から7月にかけては、もう生きていけないと憂鬱な気持ちに襲われ、数時間の間死ぬことについて考えたりもしました。
死ぬことで私は楽になれると。でも家族にお金の面でも精神面でもなるべくショックを与えない方法が思いつきませんでした。
今は積極的に死にたいとは思いません。事故か何かで死ねればいいなあと思います。
私、忘れるのは得意で、嫌なことがあっても目を反らし続けて趣味かなにかに没頭しているうちに気にならなくなっていました。
でも母には面会に行かなければいけません。勿論行きたいのですが、会わなければいけないため、忘れるのが難しいのです。
母のことを忘れるのではなく、母がいないことで沸き上がる寂しさとか不安とか、いらないんです。苦しいんです。
病気の人に、親にひどいことを言います。
私のことを忘れたお母さんなんか嫌い。会いたくない。介護だってしたくない。
日記をつけるうちにこれが私の本音なのだと気付き失望しました。私はいつまで子供のようなことをいっているのかと。
もう心のなかが絡まった毛糸玉みたいにぐちゃぐちゃで真っ黒なんです。自分がよくわからない。死にたいときと死にたくないときと死んでもいいときで意見がすぐ変わるから。明日の私が、ふらっと線路に飛び込んでしまうかもしれない。自分が怖い。
日記を読み返すと、自分同士で会話している部分があって(自分に対して、ごく自然に、『大丈夫か?』『辛かったんだね』『お前の考えをわかってくれるよ。一緒に考えていこう』などと書いている)、いよいよ頭がおかしくなってきたのかもしれません。
春からずっと混乱しています。どうしたらいいのかわからないのです。
お母さんに会いたいです。話したいです。夢の中の母はいつも病気を完治させていて、たくさん話してくれます。わたしを覚えていると言ってくれます。夢でなら母に会えるのに。
今の母と前の母を同じ人として見ることができません。
私はどうしたらいいのでしょうか。
何かお言葉を頂けると助かります。