如何なる時も私は極めて希望的な観測を見出す。
辛い時はそれに縋り付き、幸せな時にはそれのために生きる、その他の様々なときも根本的には等しく側にあるのである。
幸せな時の私はそれを叶えるために必死で、頑張って頑張って、背中を追っていって、でも砕けて、夢みるなんて馬鹿なことをするべきでなかったと後になって後悔する。
しかし、客観的に見てもらうと大体それは中盤までは上手くいっている。あと一息、そんな時にどこかしらが解れてばらばらになってしまうのである。
やはり私が甘えているだけなのである。私が幸せになるなんて、あるわけがないなんて、思っている。
でも、私は、まだ夢を描き、塗り潰し、書き換えてまで今を生きている。鮮やかな時も、黒々と沈む時でさえも。