ネナベをしていた。
いや、正確に言えば中身は男だ。体は女だ。即ち性同一性障害である。
自然とネットでは男として生きていた。この場所だけは自分の好きなように生きていた。
そんな場所で彼女が出来た。とても可愛らしい彼女だ。まあよくあるネット恋愛で、ネットの中だけで終わると思った。
ところが。
終わらなかった、終われなかった。
というか彼女が食い下がってきた。いろんなことを知りたいと、声や名前なんかを。
最初はネットでの安全云々を説いてかわしていた。けれど二、三年もの付き合いになればそんな壁も崩れて行き、しまいには名前も、顔も、声も知られた。幸いなことに(寧ろ不幸なのかもしれない)、どれも男らしい自分は何の問題もなく男として彼氏として関係が続いた。
その間にどんどん好きになった。
自分がどんな立場の人間か、一般的にどう見られるか、わかっていた。
それなのに馬鹿な俺は好きになった。
次の春、全てを打ちあけようと思う。
彼女はまだ学生で、自分の方が少し年上だ。彼女の人生をこれ以上踏み潰すわけにはいかない。
本当は彼女にいい人が出来るまで黙っておこうと思った。それまで彼女を支えられれば嬉しいと思った。けれど次の春から高校生として歩む彼女に足枷をぶら下げたままにしておくわけにはいかない。
まあこんな歳で、こんな場所で、最後の恋をするとも思えないが、いつかこの馬鹿げた茶番に気づくのだろうが、これ以上嘘を突き通せないという酷く遅過ぎた罪悪感もこの告白を後押ししている。
ごく稀に「まだ言えないことがある」「それを知れば必ず君は俺を嫌いになるよ」とぼやくけれど彼女は意にも介さない。どんなあなたでもあなた以外好きにならないわと笑う。どうして今生きていると思う?と笑う。
そんな言葉、世界を何億分の一しか知らない(自分も人のことは言えないが)、今限定の彼女の言葉だなんて自分がよく分かっているけれど、その嘘が何度も何度も気持ちを強くさせた。
君のせいだって挙げるとしたらこのくらいかな。ごめん、許してくれ。
彼女に告白したところで、その場では取り繕ってくれるのだろう。なんとなく察されているところもある気がする、女性はとても鋭いから。けれど、やはり疑惑と確信は全く違って、そのうちただの男に恋をするのだ。それが正しいことだと多数決の上では知っている。結論、嘘つきのヘンテコ男はただの男には勝てないのだ。
そんなの、ハンデのうちに入らない!他の奴に惚れられたらお前がそれまでの奴ってことだ!と言うのは頼むからやめていただきたい。俺の脳内でこの主張が煩い。
そういえば、彼女にふざけながら話を振ってみたのだが、彼女曰く同性でも好きになれるそうだ。
けれど、彼女は子どもが欲しいととても愛しそうに、俺との間の子の話をするのだ。どこがどっちに似るだとか。そしてあなたのものが欲しいとねだるのだ。嬉しそうに話をする彼女は俺を男だと、そう思って、好きになったのだ。
自分を恨んだ。どうして、性別すら、まともに選択出来なかったのだろう。五体満足の上にそんなことを望むのは贅沢なのだろうか?贅沢だとは到底思えないのはあまりに自己中心的過ぎるのか?
ただただ好きな人と家庭を作りたかった。子どもを作りたかった。愛しているんだ、心から。君が嬉しそうだから何も言えなかった。普通に、ただの男として、喜ばせたかった。
弱さを責められることも関係は崩れ落ちることも君を傷つけることも覚悟を決める。遅くなった、ごめん。
大嘘つきに鉄槌が下されるのは当然のことです。遅過ぎました。分かっています。けれど、きっと彼女はなんと言われることを望むでしょうか。自分は罪の意識と、謝罪と、そのほかになにを持って彼女に告白すべきでしょうか。
御教授願います。