ずっとこればかり脳内を占めてる。
物心ついたころにはもういた。
そして大人になるにつれてどんどん増えて大きくなって消えない。いまでは重すぎて気持ちが落ち込んだり疲労してくるとほんとになんもできなくなる。
気合いで起きて何かしてみるけども、どんなマルチタスクこなしても結局はこれが消えない。
罪悪感、自分で自分の首を絞める行動、どうしてこんなに自分を愛せない?がんばって愛してみる。
でもどこか虚しい。誰かを愛するときほど湧いてくるものがない。ひとはそれをドMというが、元々わたしは攻撃型だった。それがいまでは体内炎症レベルの守り型。ひとに嫌がられひとを傷つけ余計なことばかりして間違い失敗数知れず。取り返しがつかない。ただ死ぬこともできない臆病者だから周りにいてくれるひとにすがって生きてる。迷惑この上ない。親も言ってた。人に迷惑かけるなら殺してやると。でも結局、死んだのは親のほう。嫌な思いをさせたまま見殺しにしてしまった。自分のために親も捨てるようなクズはどうやってまともに生きたらいい?なんもできない。ただ歳だけとった。まさにいまそのつけを恥をかいて過ごして払ってる。
あんな風になりたくない、私は自分の家族ができたら我が子をものすごく可愛がっていちばんにしてあげる愛する人と両想いになってちゃんと結婚していちばんにしてもらう。そんな単純なことばかり願ってた。でも大人になったら、愛にもいろんな形があって基準つけられない。でもやっぱりそれでもいちばんとか特別とか唯一無二とかはある。私はそれになりたかった。もちろん悪意や敵意じゃなくて、愛する気持ちで。毎日毎日、ひとからの愛を貰ってる。私はその半分も返せない。それが、とても悲しい。ありがとうとごめんなさいを生きてる時間よりも多く唱えてる。毎日毎日。ありがとうはそんなに重くないけどごめんなさいの重さは、いまでも立てるのが不思議なくらい重いし、たぶん背中の痛みもそれが重すぎてほんとに身体に影響でたのかなとか、年取ったしなとか、体内の炎症と背中や頭の痛みにぼーっとしながらたくさんのこと考える。
そして結局、ごめんなさいが増えて大きくなるんだ。もうラクになりたい。愛してるよって嘘でもいいから永遠に言ってもらいたい。そしたらたぶん、いつか親に会った時もわしがんばったよって言えるから。真っ白になれたらどんなにラクだろうか。