私のお母さんは幼児虐待のニュースを見て、
「こんな事するなんて信じられない」
とよく言います。
けれど、私のお父さんは私のお腹を蹴り飛ばしたり、兄が小さい頃、箸を落としただけで
「殴られる、怒られる」
と思わせるほどボコボコにしていたらしいです。
そんなことが身近にあったのに虐待ニュースに対して
「酷い、信じられない」
と口にするお母さんを信じられないです。
確かに今はいい子にしてたら殴られないので、平気なのですが、何故、ニュースで流れる虐待には怒るのでしょうか。お腹を蹴られることは虐待ではなく躾なのでしょうか。私にはわかりません。
125044通目の宛名のないメール
お返事が届いています
ななしさん
私は幼少期から父に虐待を受けていました。現在30歳になり、その頃の話しを母にしたところ「全く覚えがない」との返答。
「我が子が暴力を受けていたら自分の身をていしてでも止めに入るのがお母さん」
そんな願望や希望は早く捨てて、ご自分の身を守る事に全力を注いで下さい。
ななしさん
自分がしていることは躾であって虐待じゃ無いと思っているのでは…?いつまで経っても虐待が無くならない
りるろ
虐待です。
でも、お父さんとお母さんは、シツケだと勘違いしているのかも。
間違いなく、虐待です。
辛い時、蹴り飛ばされた時、助けを求められる人は、いますか?
周りに相談してもいいんですよ。
お父さんやお母さんと同じような大人もいるし、そうでない大人も、たくさんいます。
アナタが信じられる大人に出会えますように。
どうか、人を信じることを諦めないで下さい。
名前のない小瓶
お母さんの主観です。
もっとお母さん自身とお父さんの行動を見つめなおして改善して欲しいですね。
ななしさん
他所のは虐待ウチのは躾ってところじゃないですかね。
ななしさん
お腹を殴られるなんて、絶対に「躾」の範疇を超えています。
基本、躾とは穏やかに繰り返し何度も言って聞かせて、親側が一貫した態度で忍耐を持って子どもに接してすることなので。
それは、たまには親も不機嫌だったりもするでしょうが、それで子どもに害を与えてしまったら、反省したり謝ったりできるのがまともな親です。
お母さんの頭の中では、心理学用語でいうところの「否認」の仕組みが働いていると思われます。
簡単に言えば、本人にとって都合の悪いことを忘れてしまう状態です。
お母さんの場合は、自分の「安全な居場所」と引き換えに「子どもの安全」が脅かされても、見て見ぬふりをすることを選び、その記憶ごと封印したのでしょうね。
そうすれば、自分は優しいいい親のまま、夫と対立する必要もなく、子どもを守れなかったという自責や葛藤からも解放されますから。
私の親も私にかなりひどいことをしましたが、虐待のニュースを見て「何でこんなことするんだろうね?」などとほざいていました。
この類似というか法則性にはもはや笑うしかないほど呆れますが、わざわざこの手の話題に対して殊更に嘆いて見せることで、自分の無罪を主張しているようにも思えます。
被害者から見ると、実に冒涜的で穢らわしい茶番なのですけれどね…。
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