ある日、女は家事ができないといけない、男は仕事ができなといけないというのはやめようという内容のテレビ番組を見た。このテレビ番組を見たとき、わたしは、「みんなが気をつければいいじゃん。」という軽い気持ちで見ていた。
次の日、友達とその男女差別の話をした。「どう思う?」と聞いてみたら、「自分だったら、男なんだから、とか男なのに、とかいっちゃうかもしれない。」と言っていた。わたしは、そういう考えの人もいるよな、と思いながら話を続けた。
下校時刻になって、わたしは一人で帰りながら男女差別について考えていた。友達のような考えの人もいれば、ちがう考えの人もいるよな、とかいろいろなことを考えていた。その中で、わたしは、みんなが気をつければいい、という考えは、とてもむずかしことだということに気づいた。そして、男女差別をなくすことは、すごくむずかしいことだとも思った。
次の日、学校に行くと、なぜかは知らないけど男の子が泣いていた。そのまわりで女の子や男の子が集まって「男なんだから泣くなよ。」と言っていた。わたしは、その言葉を聞いてなぜかむしゃくしゃした。やっぱり男なんだからという言葉はなくならないのかなと思った。男だから、女だから、という言葉を聞いていてもあまりいい気持ちにはならない。いわれる側もいい気持ちにはならない。仕事ができてもできなくても、家事ができてもできなくても性別は関係ない。
わたしは、男でも女でも自分の好きなことややりたいことをやってほしいと思っている。最近は、女性差別や男性差別が少なくなってきていると感じている人もいるかもしれないが、そうでもない。例えば、性暴力やさっき話した女は家事、男は仕事という考えなどがある。「ここでは男性しか働けない。」なども差別にはいる。しかし、やっと最近になって、消防士やけいさつ官を女性が目指すことがふつうになってきている。だからこそわたしは、女だからできないというような男女差別はやめようと思う。やっぱり、男でも女でも自分のやりたいことをやってほしい。そして、自分の夢をあきらめないでほしい。そして、自分の夢をあきらめないでほしい。わたしは、このことを全世界にとどけたいと思っている。しかし、全世界に届けることはとてもむずかしい。その中でわたしにできることは何だろうと考えたときに思いついたのは、SNSだ。SNSは、正しい使い方により、だれでも自分の考えを世界に発信することができる。日本だけではなく、海外の人にも男女差別でなやんでいる人がいる。わたしの発言でその人の心の支えになったらわたしだけでなく、その人も、まわりの人もよい気持ちになるはず。だからわたしは、勇気をもって「男女差別はやめよう」と言いたい。