…………それは、もう 何年も昔の話。
とある 初夏の 夕暮れ時。
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とある高層マンションの、誰もいない 夕日で真っ赤に染まった廊下で、エレベーターが下りてくるのを、私は一人 待っていた。
数分ほど 経って、ようやくエレベーターは 私のいる階で止まり……
目の前を見ると、扉の開いた先に、女が こちらを向いて 立っているのが確認できた。
シンプルな 白いTシャツに、濃いめ のジーンズ。
今にしては ちょっとパーマの ききすぎた長い黒髪は、まるで もみの木のように、腰の辺りまで 広がっている。
……なぜだか、一瞬 ぎょっとしてしまった。
が、急いでいた私は それに気づかぬフリをして、早々にエレベーターの中へ 乗り込む。
………重苦しい、沈黙の時が続いた。
ふいに 女は腹の辺りを抑えるような仕草をして、かすかな 唸り声をあげはじめた。
具合でも悪いのか…? と 私が不安に思っていると、突然ー!!
『ブーッッッ!!!』
エレベーターの警報音か? いいや、違う!
それは、確かに目の前の 女の方から聞こえてきた。
エレベーターの中には、かすかな 異臭が立ち込めている……
(いけない!)
そう思いながらも、私の視線は 女の後ろ姿に 釘付けとなる。
……やがて、女は小刻みに プルプル震えだすと、もう耐えきれない とばかりに、いきなり 吹き出しはじめたではないか!!
「うっふふふふふふふふふふ!!!」
女の様子に、何か尋常でないものを感じ取り 恐怖した私は、エレベーターの扉が開くと、一目散に その場を後にする。
その背後では、何かの タガが外れたような、けたたましい笑い声が ずっと 響いていた………。
女の 不気味な笑い声、そして
あの中に 充満していた、独特の、硫黄のような 香りを…………
私は 今でも 忘れることが出来ずにいる。
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