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わたしへ。私はずっと愛されたかった。お母さんには愛されているのだと思っていた。今も思っている。でも、愛し方が私が心地よいと思うものじゃなかった

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私はずっと何に怯えていたんだろう。

人から否定されること?

人に拒絶されること?

愛されていないと思い知ること?

私はずっと愛されたかった。

お母さんには愛されているのだと思っていた。今も思っている。でも、愛し方が私が心地よいと思うものじゃなかった。

私は、愛を確かめたくて何度もバカなことをした。

私は叱って欲しかった。私がバカなことをしても、呆れても、それでも愛してることを証明して欲しかった。

自分が寂しい時だけじゃなく、私をいつも見ていて欲しかった。

私はずっと、母親の胸の中で泣いてみたかった。

家族の前で弱音を吐けないこと、泣けないことは、健全ではないのでしょう?

私は心のどっかで、この愛を信用していないのだと思う。

だから私は、苦しいのだと思う。

人に拒絶されても、愛されなくても、本当は私自身の価値は何も変わらない。

見えない存在になっても、きっと変わらない。

それを私は心で理解していない。

愛を確かめようとすることは、やってはいけないことなのだと誰かに言われたことがある。

でも、どうやって愛がないのではないかと不安になる心を鎮めるというのだろう。

愛を確かめようとする私を、人は奇異の目で見てくる。おかしいのは私なのだろう。

愛を確かめようとする私は、いないないバァでいなくなった母親を待ち続ける赤子と同じなのだろう。いるはずなのに、本当はいないのだから。

愛を確かめる無様な私を見て、多くの人は滑稽だと笑う。愛なんかにとらわれず、自立した人間こそあるべき姿だという。でも、きっとそれは、母親の愛を愛として認識できた人間がいうセリフなんだと思う。

愛を目に見える形で示されなくても、そこにあるものだと一度証明された人間が、愛はあるのだと信じることができるのだ。

愛されたという自覚が、全てだ。

愛を確かめることは愚かであると笑う人間は、愛を認識できない人間をさらに底へと突き落とす。

愛を認識できない自分の歪さを思い知り、愛を知る機会すら遠ざける。

今現在存在している人間は、その人間の過去の人生の叡智の結晶である。

人間を愚かだと笑うのは、その人生を愚かしいというようなものだ。

なんども、お前は愚かな人間だと笑われた。私は、自分が愚かな人間だからひとを不愉快にしたのだと反省した。

でも、それは違う。その時私は、言い返さなくてはいけなかった。断片的な私だけ見て愚かだと笑うことは、私の人生を見て蔑むのと同じなのだと。

とはいえ、愛を認識できない、私のような化け物は、化け物を化け物ごと許す人間でなければ、遅かれ早かれ終わりが来る。
化け物になった背景を理解しようとなどする奇特な人間を探し出し、愛を育まねばならないだろう。

愛を知る人間は、自分が大いなる人生の優先切符を持っていることを自覚していない。積み木の1番下が不安定だと、上手く積み木を積み上げられないのと同じように、愛を知らない人間は、自分の成功や自分の人生をうまく積み上げられないのだ。根本に安心がないから。

それをどうして、人はわからない。

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