「スルー出来ない人を非難するのは小物の証拠」
誰かの質問に対して誰かが答えてた言葉の中の言葉。
ずっと頭に残ってて、でもどうしてかは分からないというかなんかぼやけたようにモヤモヤしてて。
でも最近やっと腑に落ちた。
ような気がした。
ある人をほっとかない人達に「ほっとけばいいのに」と毒づいてる人がいて。
いや、それこそアナタもそういう人達のことほっとけばいいじゃないよ。って思って。
スルー出来ない人を非難する時点でその人もスルー出来てない、結局は同じ穴の狢。
本当は違う意味かもしれないけど、こういうことかなとなんか妙に納得した。
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ななしさん
同族嫌悪なんだろうね
仰ること、割とわかる気がしました。
小物って言うのが私には引っかかるけど。非難しないのが大物とかいうのも違うしね。
多分人は自分の中の無意識なもの(劣等感や、苦しくと押し込めてきたもの、恥ずかしいと思うもの、など)に触れるとどうしてもそこに反応するようにできてるんじゃないかなと、最近思います。
スルー出来ないのはそれが疼くから。
自分の中にその件について何も思ってなければ、「ふーん」で済むんでしょうけど、一言言いたいのは、または非難したいのは自分じゃまだ解決できてない問題だからでしょうね。そういう意味での「小物」ってことかな。同じ穴の狢、確かにそうかもね。私にはちょっと厳しく聞こえるけど。
ななしさん
良くは知りませんが、煽る人には関わるなという事と煽られている人が悪いというのは違う理屈ではないかと思うのですがどうでしょうか。子供の不始末をスルーしている保護者をたまに見ます。彼らに対するスルーを推奨する指導者も程々に見かけます。スキルが高くて結構な事でと個人的には思いました。
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