頑張ることは悪いこと
気合いに勝つには気合いを捨てること
ナゼこの世は頑張ることを美しいことだと印象つけたいのか?
私を騙すためだけに造られた世界なので私以外、この世に人間がいないのは解っているが
47624通目の宛名のないメール
お返事が届いています
ななしさん
頑張らないで不平不満だけ言う人が多いからじゃないですかね。
名前のない小瓶
努力を手段じゃなくて目的としてるからそう感じるんじゃない?
名前のない小瓶
そうだね。
頑張るのは当たり前。
頑張ることが美しいというのは低レベル。
結果がすべて。
ななしさん
嫁さんが、今息子に夕飯を作っています。
オムライスです。
卵の中のライスには、刻んだ野菜がたくさん入っています。偏食がないようにする為です。
嫁さんのお母さんも、嫁さんを育てる時にそのオムライスを作っていたそうです。他にもいろいろな食育をした結果、嫁さんは好き嫌いがほぼありません。その食育を教わって、嫁さんは息子の食育に取り組んでいます。
嫁さんのお母さんが20年以上前にやった頑張りは、嫁さんを好き嫌いなく育てただけでなく、その息子をも偏食に育てない手助けをしています。
頑張りは、時に頑張った本人が意図した以上の、多くの人を幸せにすることがあります。
だから美しいと言われるのではないでしょうか。
まりちゃん
この頃、ときどき、宛メも
「がんばる」について小瓶、多いですね。
がんばる強要に、ヘトヘト、というのは
前から見かけてはいたけど
「がんばる」自体を、紐解く人は、意外と少ないから
お題としては、キライじゃないです。
++
がんばる事はいいことだ!
がんばる事は、うつくしい!
勝つためには、気合いが大事!
気合いって、なんすか??と
改めて、検索したら
> 精神を集中させて事に当たるときの 気持ちの勢い
なのな〜!
(勉強になった。ありがとう*)
++
笑顔信仰と似ているなぁと思いました。
わたしは、笑顔もがんばるも、
動機ありきで、あとからついてくる、自然な影と同じだと
思っているので、
それありきで動くというのは、いつも違和感があります。
「オレがこうしたい〜*」は後回しにして
(殺して)
「誰かに、こう思われたいから=しあわせ」という動機が
そこに見え隠れしてるからでしょうね。
自分は、そっちが長過ぎてへとへとだったから
(あと、デッドラインにぶちあたった)
反面教師的に、すきじゃないっていうのもあるのかもなぁ。
がん患者は、自己免疫を高めるために
あえて笑って見るといいそうです。
かたちから、やっていくことで
継続の果てに、その行為をすることで
本来、なんで、その「かたち」に納まったのかが
いきなりわかることもある、ので
形から入る事がすべて悪いとも思わんのです。
(わたしは、実は、実際やってみるまでは
長くこちらのやり方は否定派でした)
ようは、辿り着きたい場所(境地?)に行ければ
ルートはなんでもいいので。
ヘリコプターで、お遍路したっていいと思う。
++
ある時期まで、がんばることや、気合いを入れるというやり方で
「誰かに勝つ」(奪う、優劣)は
主さんを満たして来たから、
それが、根拠になっているから、
(スイートな思い出部分(メリット)も
たくさんあるのではないでしょうか?)
わたしは、それを手放したら
その、スイートな思い出自体にも、メスが入る事になるので
=自分の人生、みんな間違ってるのか?になるのが
こわくて、
回避していた時期も長かったです。
でもね、「ある(感じる、もってる)」視点で
牛歩ながらも、少しずつ生きなそうとしてるうち
昔の事もね、ろ過されて、現在のわたしの中に
記憶が残ってる事を、生まれて初めて知りました。
うれしかったり、あったかいと思ったり、そういうのは
ただ、理由もなく、ほんとに心臓の下あたりに
のこっているんです。
起こった事実は同じでも、解釈が違うというのは
こういうことかと。他人が言ってた意味が少しですがわかりました。
変な話ですが、ふと、やりたいわ〜で
動いている事は、したい〜*ありきなので
熱中している事も多いです。
はためには、がんばってるねーに
見えるそうですが、
本人は、燃えているだけなので、好きでやってるだけですとしか
いいようありません。
気合いという、ものを、無理に用いなくても
> 精神を集中させて事に当たるときの 気持ちの勢い、に
自動的に入り込んでいる状態でもあります。
そういう気楽さがあると
ドカーンと、いい結果が出たりする「ことも」あります。
おもしろいね。
楽しんでやってると、他人も巻き込んでいるらしく
ワッショイワッショイ、よそのひとも
うれしそう。
そういうの、いいね〜〜*って
わたしもうれしいです。
++++
がんばらなくていい、
そんなことせんでも、
もともと、生きられるくらいには
ちゃんと能力あるから、片手間でこなせるものもあるのに
苦労しなくても、出来る、辿り着けてしまうわたし、
って都合が悪かったです。
だから、自分を、いつも低く見積もって
それに合わせる現実を送って来ました。
イチローの三割と同じです。
たった、三割かよ・・の考え方です。
自分を軽く、等倍より小さく見積もりすぎていた。
(もちろん不得意もあるので、
それは得意な人に任せればいい)
巨人の星ではないですが
うさぎとび100回!、サッカー部は水飲むな!
みたいな、
努力と根性の果ての教育の先に、
キラリと光る星を手にする達成感ストーリー、
悪気はなく、わりかし、苦労は美徳という刷り込みは
親御さんからが多いかも。(うちもだよ)
それは大抵、その親御さんも、そういう教育で来てる事多い。
(日本は多いでしょ)
だから、ある時期までは、それによって、守られていた面もあるから、ありがとうでよいのでは?
でも、それに、違和感と限界を感じたのなら
ほんとの「オレ」とは乖離があったのかも?
ほんとの、自分が、欲していたもの。
うまく、騙される事で
国益あげてこれた面もある。
ほかのやりかたもあるけど、
それは怖くて採用しなかっただけじゃないのかなぁ?
『動機』のことです。
なんでがんばってでも、勝ちたいと思ったのか?
それによって、どんな手応えが欲しかったのか?
それが手に入らなかったら、どんなどえらい事になると
思ったのか。
どんな気持ちを感じたくなかったのか。
なんか、その辺じゃないっすか?
長く書いてますが、これ、自分あてにも書いてますね。
あきらかに。(フォローじゃなくて)
ななしさん
頑張る事は美しいというよりも、頑張っている姿に意味があるから美しいのだよ
目的ないのに人は頑張れないでしょう
目的を見つける事こそ意味があり、実現にむけて努力しているからこそ人は輝く
輝く人には時には何かしら人に影響力を与える事さえ出来る
努力せず日々を無情に過ごすより頑張って何かに打ち込める人は素敵に見えるし何より本人が一番イキイキとしている
その瞬間瞬間を生きているなと実感出来る事こそが我々人間には必要な要素なのかもしれないな
以下はまだお返事がない小瓶です。
お返事をしていただけると小瓶主さんはとてもうれしいと思います。