コロナで法事が7月に延期になるけれど、東京からなので来ない方がいいと言われている。
まだ、墓前には行けていない。
父が交通事故で亡くなった苦しい経緯のつらさに引きずられるのが嫌で、家族兄姉への恨みや暗い気持ちがやりきれなくて、なんとか意識的な区切りがあったから、振り返らないようにしてきた。
実際、転職後はずっと忙しいまま1年ジェットコースターみたいに過ごしてきた。考える暇なかった。
コロナで急に時間ができて、最近とても思い返してしまう。季節も同じ。
つらかった裁判での意見陳述書は今もまだ読み返せない。あの頃の傷ついた日々の記憶が蘇ってどうしても涙が止まらなくなる。読めない。
今日、ニュース23で池袋事故の松永さんの映像を見てたまらなくなった。あの時の苦しみを追体験しているようで。
哀しみはその人のものだけれど、仕方ないではなき、諦めではとても終わりにできない。
目の前のたった一つの命のことにその都度心を割くわけにはいかないのわかる。
誰もが当事者になると思ってないから。
誰かにあの体験を聞いてほしいわけじゃない。でも誰にも言えない。話せる人もいない。周りの人に話せるような人間関係を築けてきたわけでもない。でも誰かに聞いてほしい。私が苦しかったこと、まだとても悲しいこと。許せないこと。そう思うことに疲れていることも。
他の人と比べてつらくないとか意味のない考えで自分の哀しい気持ちを圧殺してすり減る。好きこのんでかなしい話を聞きたい人はいない。何の見返りもなく受け止めてくれる人はいない。
それでもどこかにこうして届くことを祈ってしまう。ずっとつらいわけじゃない、泣いたままでい続けることはできないことだけ知っているのがせめてもの救い。