私の学校で先日全校生徒対抗の球技大会が行われた。生徒にとっては、競技だけでなく友達や特に部活の先輩との交流が嬉しいイベントだ。私も例外ではなく、好きな先輩とツーショットを撮ったり、部員全員で集合写真を撮って浮かれていた。
ただ何よりも嬉しかったのは、暇な時間に散歩していると会う好きな先輩の励ましの言葉だった。イベントの中で何十回も同じ先輩と会ったが、会う度にそれぞれのクラスのチームの試合状況を話し、褒めあったり励ましあったりしていた。「がんばれ。」「先輩のことを応援します!」「かっこよかったです。」「見に行くね。」そんな言葉と私を見る先輩の目が好きで、クラス対抗だから敵なのに私のクラスの勝利を私の手を握りながら喜んでくれる先輩が好きだ。自らの勝利に得意げで、「先輩とてもかっこよかったです!!」と言うと照れたように、でもすごく嬉しそうに「ありがとう!!」と笑ってくれる先輩が好きだ。試合直前にすれ違った時「頑張ってください。応援しています!」と言うと「めっちゃ頑張れる!」と勝ってくれる先輩が好きだ。大勢でいる時は全く話しかけられないけれど、2人だけになったときには、少しでも話したいと思うし、すれ違うとき先輩は他の人や先生と喋ってても私に話しかけてくれる。
しかし、私にはライバルがいる。同じ先輩のことを好きな同期。その子はヘタレな私とは真逆で強引だ。普段から先輩に対するスキンシップが激しくて、私は苦手だ。
その同期に、校内散歩に誘われた。2人で歩き出す。気まずい。「今年の球技大会は楽しかったね。」これなら適当に話広がるでしょ、と思いそう口を開く。
「私ね、〇〇先輩にハグしてもらったの」
ライバルちゃんのその発言が突然すぎて投げていたカイロを落とした。へぇ良かったじゃん!!と努めて明るい声を出しながら、急になんだ、と胸が痛んだ。
「しかもね、バックハグも正面からのハグもしてもらったの!!」
唯一救われたのは彼女が「してもらった」ことだ。それが「急にされた」ことだとしたら私はその場で吐いていただろう。その点私は文化祭で誰よりも抱きしめられた思い出があったので、かろうじて余裕な感情でいられた。
「私も今年は先輩の良いところが沢山見れたから、さらに憧れが強くなったな。応援もしてもらってすごく心強かったし。」
あぁ、マウントみたいなことをしてしまったな、と言った側で後悔したが、それをスルーするかのようにハグの感想を述べる彼女に、後悔は消し飛んだ。
その後なんとか別れて何周も校内散歩をしていると、ライバルちゃんと何人かの後輩、そして取り巻きが先輩と戯れている現場に遭遇した。横を見た私は表情が一瞬無になった。
先輩が、1人の後輩と素面でやるにはだいぶやりたくないキザなポーズを取らされ、撮影会が開かれていたのだ。先輩と目があって会釈して素通りしようとすると、先輩はぱっと駆け出し、私の肩を掴んでみんなのいない方へ私を押した。
「違う!!違うから!!というか〇〇さん(ライバルちゃん)を止めて!!助けて!!」
そう言われ、先輩はなぜそんな必死に謎の誤解を解こうとしているのだろう、と無言で見つめていると、ライバルちゃん御一行が追いかけてきた。先輩にまだカメラを向ける様子に、先輩は私の背に隠れた。流石に気の毒になった私はわざとピースをしてカメラのシャッターを一心に受けたが、一通り落ち着くと、「私ばかりを盾にしないでくださいよー」と呼びかけた。先輩は、「だって…」と私の横に立った。可愛かった。先輩はいつも何かあると私の背に隠れる。どうしてもそれが特別に感じてしまう。
少ししてもう一周散歩した後同じ場所を通ると、まだライバルちゃんたちが先輩にちょっかいをかけていた。ライバルちゃんが先輩の腰腕を回していて、鳥肌がたった。しかし今回は先輩が嫌がっている様子もなかったので今度こそ会釈からの素通りを決めようとすると、またしても先輩に「おーい!〇〇さん!!」と呼びかけられた。近づいていくと、先輩がすすすっと私の隣に立った。「先輩も大変ですね。」と言うと、「本当だよ!」と俯く先輩。手持ち無沙汰でカイロをいじっていると、先輩の手が横から伸びてくる。カイロを渡すと、きっといつも通り手が冷たい先輩は、あったかー、と言いながらカイロを握る。他の人が話していたが、ほとんど聞く気がなくて、先輩を見ていた。カイロを返してもらい、「もう一周してきます。」と言い歩き出すと、もう行っちゃうんだーいってらっしゃい、と背中越しに言われた。お疲れ様です!とだけ言い残し歩き始める。ずっとライバルちゃんからの視線が痛かった。でも、それ以上にみんなの本心が読めなくて先輩に不快な思いをさせているのではないか、と不安だった。
私は先輩にスキンシップを取らない。というか取れない。気持ち悪いやつだと思われたくない。それに恥ずかしい。だから、今までもきっとこれからも自分からは言葉だけでしか好きだと言う気持ちを表せない。ほんの些細な先輩の言葉が私を救うし、私は先輩に自分に出せる最大限の抑揚、表情、言葉で接している。少しでも届いて欲しいと思う。抱きしめられれば、何か言うより簡単なのだろうけど、先輩が内心嫌がることになるのなら、絶対に自分からは触らないと思う。
それでも私にもう少しの勇気があって、先輩の手を引いて嫌な人がいない場所まで連れて行ってあげられれば良いのにな、とは思わずにはいられない。