あることをきっかけに
死にたいが口癖になってしまいました
つらい状況になる前までは
最強、あたし死にたいって思わなくなったなって思っていたのに…
その直後にまさか死にたいって思う日が来るなんて
毎日相手が憎かったり妬ましかったり
淋しかったり悲しかったり
ふとした瞬間油断したらこんな感情が沸いてきて
この先それが続くのが怖くて怖くて
消えたい
切実に思ってしまいます
でも死ぬのが怖い
死後の世界も後悔しそうな気持ちも…
だから死にたいけど死にたくない
でも笑ってるようで常に寂しい
死=あたしの幸せをめちゃくちゃにした相手への腹いせ
平然とあたしから奪った幸せの中で幸せに生きてる
相手に私がどんなにつらかったか思い知らせたい
なんです
私は相手があたしの幸せの中にいる限り
この醜い感情の中から抜け出せない
どうしたら期待や希望までもを
未練も捨てて無になれるのですか?
死を自ら選んで実行できた人に聞きたい
ななしさん
地獄って知ってるか?
みんななあ、解らないものは怖い。
誰だって怖いんだ。
だけどそれを頭ん中で、
シュミレーションして、
あらゆる対応策を考えれば、
少しは不安も和らぐ。
だから、昔の徳高い偉い人は考えたのよ。
悪いことをすると、地獄に落ちるってな。
そしたら色んなのが良い奴になるんだ。
信じる信じないは別だけどな。
自分語りになるけどなあ?
俺は地獄に行きたいんだ。
かといって凶悪犯にはならんがね。
だけどそんな奴が、
望み通り地獄に行くことになって、
免罪だ!などと叫んでみろ。
閻魔さまに罪を擦り付けようとした。
それで地獄行きさ。
不真面目?
「スペース・コブラ」って漫画、
知ってるか?
その主人公の「コブラ」は、
こんなことを言ったんだ。
「真面目になっちゃダメだ。
その方が上手く行くんだ」ってな。
受け売りで悪いが、その通りだと思うよ。
あんたは生きることについて、
真面目に頑張りすぎたんじゃないか?
醜いことの何がいけない。
「今度は見返してやる」なんて思って、
「まだ根に持ってたのか」
とか言われるかもしれんが、
それはそれで面白味がある。
理想が高すぎたのかもしれない。
いや、綺麗すぎたんだ。
汚くったって良いじゃないか。
ましてや上部だけ取り繕っても良い。
少しは手を抜いた方がいいんじゃない?
忘れることは出来ても、
内側の「もの」は捨てられないんだから。
死んで無になれるか?
生きて無になれるか?
んなもんは誰も知らない。
知らないってことは、
誰もそうなる術を持った奴がいないのさ。
おまけに真偽はどうあれ、
前世の記憶を持ったまま生まれる奴も、
この世には居ると来た。
案外俺たちは、
前世を忘れて生きてるだけかもな。
どうやったら人生、
ハッピーエンドに出来るか、
それを考えながら生きりゃ良いのさ。
だが、ハッピーだけじゃ役者不足だ。
バッドだって大事なんだよ。
バットがあるからハッピーが、
味わい深くなる。
ゴーヤチャンプルのゴーヤとおんなじさ。
苦味が良いって奴も出てくる。
それに、幸せを奪った相手の幸せが、
今の自分の幸せとは限らんだろう?
それだけでへらへら出来てるソイツは、
「と~んだしあわせもんだ」
とか考えるのはどうなんだい?
この世で今、小瓶主さんが生きてるから、
不幸だの死にたいだのを感じた。
だけど、それを味付けるのは、
生きたいとか幸せとか感じたことだろ。
期待や希望を受け入れてこそ、
より様々なことが味わい深くなるんだよ。
それを反対に悪く捉えれば、
つらい状況を続かせるのはあんた次第。
ほんの少し視点を変えるだけで、
世界はがらりと変わるもんだよ。
コツは自分に来る負のベクトルを受ける、
体の向きを少しずらすことだ。
そしたら、見てなかった景色が見える。
別に律儀に向かってくるものへ、
目を合わせなくたって良いんだぜ?
…んま、長くなったけど、
強制するわけじゃないしな。
やりたいように考えてやってみな。
俺のは一意見。独り言みたいなもんだ。
蝶になりたい蛾