僕の現在位置です
入院中なのに、看護されてないって?
一体どういうことなんだ。
朝・昼と食事を抜きにされている時点でおかしいとは感じていたけど、全治3ヶ月のケガで身体も思うように動かせないような患者を放っておくのか、ここは。
「Cちゃん、ここに来て今日で5日目だね」
「うん」
「その間、ここの看護師は何をしてくれた?」
「検査は救急の人たちがやってくれて、でもそっちはあんまり覚えてなくて、気づいたら一通り終わってた。その日は固定と痛み止め打って寝かされた。次の日に『大部屋が埋まってるからしばらく個室になります。大部屋に空きが出たら移れるので移りたかったら言ってください』って。食事と薬は時間になれば運ばれてくるけど、正直に言って『この体勢でどうやって食べるの?』って思ったから、それをそのまま言ったら『みんな頑張って食べてるよ。特別扱いはしない。甘えないで』って叱られた。あ、これ甘えなんだって思ったよ。でも無理なものは無理だから、パンは食べられても御汁は飲めないもん。ストローでも付けてくれるなら良いけど、どうせそれも甘え」
「ひどいね、ちょっと聞かないよ。それ以外は?」
Cちゃんは天井の一点を見つめたまま続けた。
「タオルで身体拭いたり、あとはまあそういう、生きてれば仕方ないものは、さすがにね。でも、入院着の替えは2週に1回って言われたし、リネンの交換も教えてもらってないから分からない。病院ってそういうものなの? 分からないことは訊いてもいいんだと思ってたし、最低限のことは訊く前に教えてもらえると思ってたよ。あとね、下の売店が漏水してて、直るまでは閉店するから買い物はできませんって。自分の足で買いに行ける人はすぐそこのドラッグストアで、無理な人はご家族に頼んで持ってきてもらってくださいって。それ聞いて絶望しちゃった」
彼女は目を閉じて、頬に両手を当てている。
元気がない、というより、文字通り絶望している、あるいは思考停止に陥っているようにも見えた。
この病棟、想像以上に劣悪な環境みたいだな。
いやぁ聞いたことないよ。
僕が入院してたときも、主治医から移動の許可が下りるまでは、担当の男性看護師にお金渡して、1階のコンビニで買い物してもらってたし。
だって普通に考えて、それ以外に方法ないよね?
ライナーを手渡したときの、あの曇った表情。
何かあったに違いない。
そう感じた僕は、しばしの間考えて、思い切った質問をしてみることにした。
いろんなことを話してくれたCちゃんになら、訊けるはず。
「ごめん、変なこと訊くけどさ」
「なぁに?」
「あちらの方の手当て、ちゃんとしてもらえてる?」
「……隠し事、できないね。僕の現在位置くんには。また、助け舟を出してもらっちゃった。これも甘え?」
一瞬、切り返す言葉に詰まったが、「甘えて何が悪いのさ。これまでもそうやって来たんだから、いいんだよそれで」そう言うのがやっとだった。
いや、本心ではある。
「僕の現在位置くんには言えるけど、恥ずかしい話、今の私は誰かの援助がなければ何もできない。まぁ、人のお世話になるってそういうことだと思うから、他人には見られたくないものを見せることになっても、しょうがないよ。でもね、聞いて。これはさっきの食事のときに『甘えるな』って言ったのとは別の看護師だけど、かなり抵抗あったけど勇気出して言ったの、『シート替えてもらえませんか』って。女性同士ならダイレクトに言わなくても伝わるかなって期待した私が馬鹿だった。『シートって、何の?』って訊かれて、また絶望しかけたけど、めげずに『おりものシートです、そこの鞄の中のポーチにあるので替えてもらえませんか』ってお願いしたらね、『私がやるんですか?』って言われて。そこで完全に絶望しちゃった。なんかもう、無理かなって、もう惨めで」
しばらく何も言えなかった。
特に何を考えていたわけじゃない、というより、思考停止に陥っていた。
そんな僕を、もう一人の自分が傍観する。そして「おい、Cちゃんが泣いてるよ」と囁く。
サイドテーブルに置いた箱ティッシュから1枚取って、4つに折る。
慣れた手つきだなと思ったのも束の間、僕がいつも目薬を差すときの癖だからだと気づく。
ティッシュをCちゃんの瞼にそっと沿わせれば、すっ、と滴が引き込まれていく。
涙を含んで少しだけ重くなったそれを、僕はカバンの小さなポケットに畳んで入れた。
S字フックに引っ掛けた袋、ましてや病室のくずかごに入れることなど、とても出来なかった。
♪1988 / indigo la End
210272通目の宛名のないメール
小瓶主の返事あり
お返事が届いています
僕の現在位置
(小瓶主)
うさぎさん、
一口に病院と言っても、ピンキリです。
外来患者にはおよそ想像もつかないであろう病棟の実態。
友人が入院しているところもそう、僕が居たところでも「おかしいな」と感じる場面は多々ありました。
残念なことですが「看護しない看護師は存在する」という前提に立たないと駄目ですね。
友人の経験した事例は、ともすれば極端な話に聞こえるかもしれません。
しかし、誇張でも脚色でもなく、こういうのは実際にあるんだってことを心に留めておいていただきたい。
うさぎさんが書いてくださったとおり、Cちゃんは、僕にとってすごく大切な人です。
精神的な結び付きが強いんですよ、お互いに。
こう書くと「共依存では?」と言われそうなのですが、そういったものとは明確に違います。
学生時代からずっとそうですが、Cちゃんと僕はちょっと不思議な関係なんです。
でも、一緒に居て心地よいというのは、小瓶にも書いたとおり相性がいいってことなんだろうなと思っています。
適度な距離感を保ちつつも、「いつも気にかけているよ」というメッセージは、折に触れて伝えるようにしています。
僕の現在位置より
名前のない小瓶
つきまちうさぎ🌕️🐇
ここまで、ずっと読んできたのですけど……
まず、怪我をした お友達は 僕の現在位置さんの、『とても大事なお友達』なのだと感じました
きっと、お友達さん、そんなに辛い中でも 僕の現在位置さん のような 親切な方がいてくれて、少しか 心強いと思います…
でも、病院というものは、よく聞くことですし、実際 体験するものですがー
そこぞこによって 本当にレベルが違ってくるものなのですね……
動けない病人にたいして『甘え』だとか、
サロンでしか 面会できないとヨロヨロの 病人をそこまで歩かせたり………
コロナ時期とはいえ、本当に モヤモヤするものがありました
忙しいのもあるのでしょうけど、病気の人達をケアする場所というのは、安心安全な 所であってほしいものですね……
ともあれ、お疲れ様、僕の現在位置さん
お友達さん、早く元気になってくれたらいいですね
🌻🐇
以下はまだお返事がない小瓶です。
お返事をしていただけると小瓶主さんはとてもうれしいと思います。