夏、学校のグループのみんなで市民プールに行こうという話になった。
田舎なので市民プールは中プールと外プールがあるだけのシンプルなもの。
泳ぎも苦手だし、プール自体も好きじゃないけど、その時はなんだか気が向いた。
暑すぎるせいか、行ってみると自分達の他には一人男の人がいるだけ。
ブーメランパンツにゴーグル、帽子、あまりじろじろ見ていないので、年齢は社会人以上ということしかわからない。
思えばほぼ裸のくせに、あの格好は個人の識別の難しい格好ではないかと思う。
最初は、その人にも気づいてなかった。
自分達は中で、その人は外プールだったのかもしれない。
4人で貸し切りみたいに遊んでいたら、気づいたらその人がいた。
最初は数レーン先にいたのに、気づけばレーン移動をしてる。
あちこち移動して、気づいたら隣のレーンまで来ている。
時折ぶつかってくるのを、最初は気にしていなかったけど、嫌になって、みんなに外プールに行こうと誘う。
これでとりあえず気にしなくていいと思っていたら、すぐにまたぶつかってきた。
そいつもついてきてたらしい。
レーンの逆側に行ったり、中央にいるようにしたり、いろいろ工夫するのにぶつかられる。
みんなが楽しそうにしてるのに場の空気を下げたくなくて、あまりきょろきょろしたり不審な行動はできない。
けど、たぶんすごく泳ぎの達者な人なのだろう。
どこにいるかと姿が見えないと思ったらぶつかってくる。
向こうにいると思ったらもうすぐ側にいる。
その時、太腿にちくっとする感じがした。
なんかすごく嫌な予感がした。
友達の一人に
「顔色悪くない?」
と言われたので、それを機にまた中プールに戻ろうと言った。
中プールに戻って、わたしはみんなにばれないようにきょろきょろしていた。
しばらくはあいつは外にいて、少し安心してたけど、やがてまた中に現れた。
誰かに言いたい。
見回しても監視員の人も見当たらない。
もしかしたらこいつがそうなのかも。
プールから外に出るのも怖い。
一人になるのも怖い。
もうそこそこ遊んだし、そこにそれ以上いたくない。
「もう、帰らない?帰りたいな。」
まだみんなは少し遊び足りない様子だったけど帰ることにした。脱衣所に向かう時も、脱衣所の中でも、一人にならないようにした。
シャワーを浴びる時に太腿を確認すると、引っ掻き傷程度だが15㎝ほどの傷がついていた。血が出ていた。
狙ったのは太腿か、水着か、それとももっと別の場所だったのか。
この程度かもっとざっくりか、もしかしてあのままいたら突き刺したりされていたのか。
外に出るのも怖かった。
もしあいつが待っていたら…。
少し時間をもらって気持ちを整えて外に出た。
わたしはずっと青ざめた顔で、友達に、だいじょうぶ、だいじょうぶと言っていた。
そんなだからみんなはけっこう言うことを聞いてくれた。
受付の人に話そうかとも思ったけど、受付の人も信じられないし、やはり場の空気が下がる。
せっかくみんなで来たのに…とか、遊びに行くことを提案した人に嫌な気持ちにさせるとか、そんなことを考えてしまう。
あと、そんな目にあったというのがなんだか恥ずかしくて言いづらい。
帰り道は同じ方向の友達と二人になったけど、その子にも話せなかった。
家の人間にも話せなかった。
うちの母親はそんな話をしても、怒ってはみせてもなにもしない人だ。それにあの頃はわたしの話を聞いてくれる感じじゃなかった。
誰にも話せなかった。
話せなかったということが、わたしの中のその友達たちへの評価を下げた。
そんなのが話せない人たち、いらないだろ。
その事だけでなく、類似の事柄もいくつかあって、わたしはその人達から離れていった。
嫌な思い出。
どうやったらこの思い出を昇華できるのか。
もう随分経つし、ふだんは忘れてるけど、ふとした時に思い出し、昇華の仕方がわからないと思う。