お恥ずかしい話ですが。
昨日の夜、
もうどこにも居たくない 生きていたくない 自分には何の価値もない いない方がいい 存在したらいけなかったんだ という状態になって
「何でもいい。すがるものが欲しい。生きる理由を下さい」 と、インターネットで 『宗教、信仰』を検索しました。
何となく自分の感覚に合うところを見つけ、詳細を見ると年会費が14万(一括)。
あたしには宗教につぎ込めるお金なんてないよ。と、すぐに諦め。
続けて調べていく中で、とあるキリスト教会のサイトに辿り着き、3分間のボイスメッセージを無料でやっていたので、非通知で電話してみました。
外国訛りで聞き取りにくい。何を言ってるんだか分からない。
それでも「穏やかな声を聴けるだけで安心する」状態。
その中で一つ、心に残った言葉。
『悔いることは、何の自慢にもなりません。
許すことは、神様のすることです。
そしてその許しこそが、神様の最大の祝福です』
※もしかしたら間違ってるかも。
それであたしは
「あぁ、こんな自分でも生きてられるのは、神様だけは許してくれてるからかなぁ。
消えたくて死ぬべきって自分では思うけど 生きてるのを許されてるのは、祝福なのか」
と思って。少しだけ、安心した。
同時に「でもそろそろ神様も痺れ切らすんじゃね!? 悔いてるだけの自分、だめじゃん!!」と焦りも感じ、力もちょっと湧いて。
ひと勉強して、洗髪も歯磨きも済ませてから就寝 …というかなり低レベルの、あたしとしては快挙を成し遂げました。笑
無料のボイスメッセージ、これからも聞きたいなと思ったけれど、電話代計算したらちょっとやめた方が良さげです。
だから、そっとメモして終わりにしました。
あたしの場合は、かなりケチくさいのと現在の環境のおかげ?で 宗教の類には浸かりにくいです。 でも、逆に言えば 環境が整えば浸かるかも知れない。
孤独で、自分が揺らいでて、でもお金はあって。
適度な距離が置けると豪語できるほど、自信はありません。
要注意。
弱った精神に付け込む手口は、本当に恐ろしいですね。
端からみたら馬鹿げてるんですけれどね。
Toshiさんが脱出できて、戻って来れたのは本当に幸運で、良かったと、思わず泣きました。
悪質な手口の一端を客観的にみる機会にもなったことは、あたしにとってもグッドタイミング。
波はあるけれど、また自分の足で歩いて行こうと思います。
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