私は私を脱ぎたい。
誰かになりたい。
ずっとこの思いが消えない。
本当は自分を好きになりたいのに、
嫌いなところも認めたいのに、
やっぱりどうしても嫌い。
自分にないものばかり欲しい。
自分が持ってるものが例え良いものだとしても
自分が持っているから嫌だ。
どうしても、似たものは嫌いで、違うものに惹かれる。
嫌なものは嫌で…
自信がないままなのも嫌いで…
本質は変わらなくて…
ほら、つい最近TVでやった映画も
自分で自分が嫌いな主人公で、
でも自分のおばあちゃんに好きだと言われたり、
自分がここにいても良いと思わせてくれるおばさんがいたり、
そういうことでやっと自分を好きになれる。
周りの評価を気にするな、
自分が自分を認めないと意味が無いと言うけれど、
どうしても認められない、
周りから愛されてるという自信がないと。
どうしたら、この苦しみから抜けられるの。
自分を好きになれるの。
名前のない小瓶
42916通目の宛名のないメール
お返事が届いています
名前のない小瓶
わたしがふにおちた
うけうりを、おへんじ〜
一万円大好き人間がいたとします。
でも、その人は、お札の表の柄は好きだけど
裏側はチョーきらい。
でも、お金大好き!アイラブユー*
みかんだいすきなんだけど、
みかんの皮が大嫌い。
でも、みかんというもの自体は、皮ありきで
みかん、という、いち単体。
(剥いで食えとかいう、へりくつじゃなくてー)
「それ」が欲しい場合、
好き,の裏側には、ああいやや〜〜が、
ほとんど必ずついているそうな。
本気で欲しいなら、どっちも受け取る。
やだ、の側もうけとる〜
むーり〜っていってるひとは
類似品は手に入っても、心底こころがよろこぶもんは
いつまでたっても
手に入らん、というはなし。
つっこまれしろをふせぐための
保険というわけではなくて、
わたしもこの、反対側のこと、よー、わすれます。
上に描いた話とは、真反対のこともあって、
長い間、ええもんだと思って固執していたけど、
反対側見たら、ゲロみたいなもんだった、
両面見たら、いまの自分には、
まるで不要の産物(過去には必要としていたけど)
というもんも、あります。
こういうのは、せいぜい、個々人の体験を書くくらいしか
おへんじはしようがないので、
主さんなりに、いつか、ご自分の中で
ふにおちポイントがみつかるといいな、とは思います。
べつに、今のままがいいなら、そのまま一生生きていく
というのもありですよ。
そういうひとも、地球にはいっぱいいます。
万人にとっての、たった一つの正解はないと思うので。
ななしさん
俺もだなあ。度合いは違うかもしれないけど、自分が嫌いで、憎くて、殺したくてしょうがなかった。
多分ね、そう強く思ってて、そう嫌いたくなってる時はどうやっても自分を好きにはなれないかも。
これは厳しい事だし、もうわかっていることかもしれないけれど。
自分にないものばかりを求めてもさ、自分の中にあるもので満たされることを知らなかったら。
嫌いだからとずっと突っぱねて、ないものと同じ扱いにしてしまったら、そりゃずっと苦しいんだよ。一度使ったものは全部ゴミだって言って捨ててるようなものなんだから。
なのに、捨てられず残るものがあって、さらにそれを捨てようとして、どうやっても捨てられないんだから、苦しいんじゃないだろうか。
愛されているとか関係なく、自分を好きになる方法はいくらでもあると思うけど、自分を好きになりたいなら、嫌いである自分も見てあげなくちゃいけないと思うよ。
どうして自分が嫌いなのか、なんで嫌いだから自分でいたくない、というかどうして「誰かになりたい」のか、考えてみたらどうかな。
自信がないからって言うなら、どうして自信がないんだろう。
俺はそう考えてみた時、自分を出せてなかったから、だった。
なんで出せないのかと思うと、嫌いだったり、嫌いの中でも醜いと思っていたり、自信がなかったりだった。
でも、よく思うと、自信がないならつけるしかなくて。付けるしかないのに、出して行けなくて。じゃあ、いつ出せるんだよ!?ってなった。
自分が出た時に、痛いのが怖くて、傷つけるのも怖くて、評価、というかどう見られるのか目線が怖くて、出したい気持ちを出す前から傷付けていたから、だった。
多分誰かになんてなれっこないんだよ。自分にしかなることはできないんだから。
誰かって言ったって、その誰かは「自分が憧れた誰か」であって「苦痛も幸せも受け止める等身大の誰か」じゃない。
テレビの映画の主人公は、その人だからこそおばあちゃんとかおばさんたちのおかげで、何か思って変わるものがあったりしたのかもしれない。同じことがあっても必ず自分を好きになれるわけじゃないだろうし。
だから、等身大の自分でもないんだし、本質が変わるわけもなく、それで自信が付くわけもない。付かないわけもないんだけど、等身大の自分じゃないから、脆いものだと思うよ。
そういう意味では、真似ばっかりは面白くないかな。
言いたいことはもうわかってると思うし、それでも気は乗らないと思う。でも、やっぱり自分が出れる時に出ていくしかない。
それに、気が乗るかどうかは等身大の主さん次第だろうしさ。
主さんの好きの基準はわからないけど、そうやって自分が出ていく中で、もちろん傷付くことも多くあるんだけど、そうやって人からここが好きって言われたり、自分に自信が出来ていくものもあると思う。
もしかしたら、この小瓶の文章自体にも主さんが少し出せているかもしれないしさ。自分を好きになりたい気持ちがあるんだし、嫌いなままでも認めないままでもいいから、ちゃんと見ていてあげればいいんじゃないかな。
そしたらほんの少しずつなり、はっきりと好きになりたいんだ!ってところも見えてくるかもしれない。
自分を脱ぎたいなら、自分自身でいなきゃ脱げないと思う。
自分じゃなくちゃ、変われないと思うよ。
ななしさん
私を捨てられない。
何に執着してるのだろう?
本当に大事な人間関係なんて
2、3人
資産なんて無い
夢はあるけど
死ぬ気でやりたいか?
中途半端な自分が情けない
以下はまだお返事がない小瓶です。
お返事をしていただけると小瓶主さんはとてもうれしいと思います。