所詮現実ってものは、人を騙して生き残るってことなんですね。
強いものが勝つ。生物として当然のことを、忘れていただけだったんですね。
なんだか寂しいです。
名前のない小瓶
47583通目の宛名のないメール
小瓶主の返事あり
お返事が届いています
ななしさん
そーだね
それが物事の本質と言って間違いない
寂しいね
ななしさん
あなたがそう感じるなら
あなたの現実は、そうなんだろうね
私の現実はちがうけどな
真逆
今、嘘はどんどんバレて
白日の下にさらされてる
嘘つきは生き残れない時代に
なってきたと感じる
今は過渡期だから
しぶとく生き残ってるように見えるけど
昔なら
そもそも嘘がバレてすらいなかったと思う
みんな、騙されてることすら
気づいてなかった
今は、騙されてることは
みんな気づいてる
気づいて、どうするか?で
道が別れると思う
私は、今まで虐げられてた者達(弱者)が
力を取り戻す時
やさしさが再び、力を持ち始めた時
強さと弱さが逆転し、消える時
って、感じてる
名前のない小瓶
人は自然界で唯一、損得と本能ではなく
感情と意志で動く動物です。
自分より弱く小さい存在を「守る」「助ける」事が出来るのも人間だけ。
そして人間は「自殺」する事の出来る唯一の動物。自然界の動物は自殺できません。
そこまでの自由意志を持っていない。
自然の摂理に反するほどの自由意志を持っているのが、あなたを含めた全ての人間です。
どう使いますか?残りの人生と、自然の摂理を無視する破格の自由意志を。
「社会」だの「現実」だの「人間関係」だの、そんなものでは人の自由意志は奪えません。
時が来れば人は「自然」に死にます。
それまでの時間、あなたは何をしますか?
あなたは自身から見える世界観しか語っていません。
自分の内側へ問いかけてみてください。
何がしたいですか?
どう生きたいですか?
どう在りたいですか?
ななしさん
強い、と言うよりは、
したたか だったり、
賢かったり、しなやか
だったりな気がします。
悲喜こもごもを受け止める、受け流す、
危機回避のために、根回し、気配り、
それを出来る人。
どんな現状でも、
解決するために動ける人、
全力で楽しめる人。
必ず近くに、自分のことを本気で思ってくれて、支えてくれて、
支えてあげたい、力になってあげたい、
ただただ一緒にいて心地良い人は居ると思ってるけど。
冬
優しさだけが幻想で、強いものだけが勝つっていうのが幻想じゃないというのは体験、経験則だというんだろうけど、それだってどれをどう拾うかってことにかかってると思うな。
じゃあ、私に優しさを感じさせろって話になると、感じるのは主さんだからラチがあかん。
お日様が出る、携帯の電源をつける電気が流れる、スーパーで食べ物がある、誰かの声がする、笑いかける相手がいる、それも優しさだと思えばそうでしょ?思わなければそれは違うと言える。
優しさも苦痛も存在そのものも全て幻想っていうなら、そうかもねって思う。
だって生きることってそれ自体の目的が誰一人明確ではないでから。皆ここでの肉体は必ず朽ち果てるから。積み重ねた業績も賞賛も成功も、失恋も悲哀も辛苦も全てあっちには持っていけないんだから、これほどの無意味はない。
私たちが生きているのはそんな幻想ですよ。
だから優しだけが幻想だというのもありえないと思う。
だとしたらその幻想の中で、肉体を持った私たちは「する」ってことしか出来ない。
感じたり考えたり行動する、「する」を思いっきりやるしかない、そして出来れば各々が納得する「する」をやる。
ただそういうことなんだと私は思ってます。
ななしさん
(小瓶主)
現実問題、生き残るために争って
安全な場所を得るために奪いあい
そのために自分の心か他人の心を騙すんですよ。
それが社会だから。
生き抜くために必要なことだから。
それが自然と出来る人が強いんですよ、結局
できない人は必要とされないんだから。
何からも。
そして何も手に入らず、更に惨めな扱いを受けていくだけ。
もちろん弱い人間なんて誰も助けない。
見返りもないし、どうせ助けるなら強い人間のほうがメリットも多いから。
とはいっても、優しい気持ちがどうとかなんてただの幻想。
優しさなんて存在しないし、個人個人が自分を満たすためだけの、あるいは生き残るための戦略の一つでしかない。
所詮この世は騙し合い、奪い合いの争いが常に行われる世界なんですよ。
私も寂しいなんて言っている時点で、もう負けているのかもしれませんね。
名前のない小瓶
強いものが勝つんじゃないです。
勝つものが強いんです。
ななしさん
強いだけで愚かなものはその力のために自ら誤って滅びる。無惨な意識で生きる存在には結局のところ無惨な世界と自分しか作り出すことができない。これもまた一つ当然のことだ。そういうものをこの目で見てきた。
そんな報いが欲しいのか? そんな世界で生きたいのか?
生命は弱肉強食で説明できるほど単純なものではない。心穏やかに朗らかに生きることすら選べる。動物はいつも凶暴なのか? それらにも色んな性格や生涯があるだろう。
確かに人は意地悪だったり冷たいところもあるだろう。だが、それだけの人というのは実は滅多にいない。
現実というのは結局のところ物事の総合だ。ここには凡ゆる選択と可能性が存在している。殴り合うような残酷なものばかりではなくその真逆のものすらある。
そして、寂しいと思えるあなたには人を騙す生き残り方というのは似合わないということだ。
あなたの騙すとか強さということがどういう行為のことを具体的に指しているのか詳しくは分からないからこれ以上は言えないけれど。
ななしさん
優しい人は損する。
思いやれる人が折れることになる。
気を遣える人が抱え込むことになる。
そんな世の中。
特に社会にでてからは、そう思う。
真面目に生きてる方が非難される。
理不尽。
でも、真面目に生きていたいと思うから、
ただただ嘆くしかない。
悪者になりきれないのも、辛いや。
烏羽
長文注意報。
生物としての狡さや生き汚なさとでもいうものを利用して生きている人は、いると言うだけの話ではないかな?
それは現実の一面かもしれないけれど、少なくとも現実の全てのようには、俺は思えないな。
生物として当然?
何がどう当然と言いたいのか書かれていないので、よくわかってない上で悪いのだが…
騙せる事が前提なら、それを当然として生きてこなかった、騙された人もいるんじゃないのかね。
寧ろ小瓶のようにそう言われてみると、良い悪いはともかく、平然と騙せる人は自分への生物としての根本を忘れているとも解釈出来るような気がしたんだが。
しかも騙せるっていうなら、弱いものが勝てる理由も十分にあるだろ。
大きな羽に目のような模様がある蛾とか、エリを逆立て、自分を大きく見せて威嚇しようとするトカゲとか、居るでしょ?
そうやって騙す事が良いとも悪いとも特に思わないけどさ。(自然界だとそれが生と死に直結する事が多いんだろうし)
個人的に生物として当然だと言えなくもないのは、弱者が未来を切り開いてきたって事だけだなんじゃないかと思うよ。
(切り開けって意味ではなく)
だから、強者は元々の弱者や敗者でもあるんだと思うかね。
弱い所がないと、嫌に思う事はないのかもしれないけど、そもそも強くはなろうとも思わないんじゃないかな。
その上、強い弱いという相対的に相手を見れば、自分が強ければ強い程に相手が嫌な思いをする事が、行動次第では多くなると取れるかもしれない。
まあ、真の強い、真の弱いというのは、自分の考えとして言えるなら、自分の外にあるものでも、他人との相対的なものでもないと思うんだがね。
色んな意味(それこそ語りきれないくらい)で、強さと弱さに終止符を打つのは自分でしかないんじゃないかな。
嫌な事があったのかもしれないけど、長々とごめんね。
現実を楽観的に捉える事が必ずしもいい事とも悪い事とも言えないように、悲観的に捉える事にもその側面があると思ったんで。
纏めると、嫌に思う事や良く思った事を感じ取ったからといって、それが全てにおいて言える事かと言えばそうではないと思うんよ。
勿論、俺が書いている事もね。推測は推測でしょう?
事細かに否定するようで悪いとは思うが、忘れていただけ、と思ったのは主さん自身の事で、当然かどうかも、忘れているかどうかも、他の誰にもわからんのじゃないかなあ、みたいな。
(俺にも言える事だから、色々間違ってるとか、変だと感じる所があればすみません)
ななしさん
騙していても返ってくるのは確実だよね。
それ分かってて騙して生き残る奴は分かっているのかね。
人は美しいものに魅了されるから汚い心の人の元には同じような汚い心をもった人しか来ませんよ。世の中そうできているんです…
以下はまだお返事がない小瓶です。
お返事をしていただけると小瓶主さんはとてもうれしいと思います。