何でもかんでも親のせいにしやがって、甘ったれんじゃねえ、と言われるかもしれないけれど、どうしてもそうとしか思えないのです
私の親は、子供を駆り立てる方法を不安を感じさせることしか知らなかったんだと思う。
お前なんて中卒にしかなれない。「やってもいい」は暗に「やれ」といっているんだそんなこともわからず今まで生きてきたのか。お前みたいのは学校でやっていけないぞ。トラックかタクシーの運ちゃんにでもなれ。大学行かずにこのご時世で就職できると思うのか。
小学生の頃は「中卒はどうしようもない」その後は「高卒はどうしようもない」今は「大卒でも馬鹿」じゃやっていけない、とかいう。
中卒高卒と、学歴で人をばかにするのがうちの親は好きなんだな、と最近になってようやく気づいた。随分性格の悪い人たちだと思ったけれど、自分の子供すら馬鹿にする対象がないと教育できない時点でたかが知れているのかもしれない。
中卒の人高卒の人達は、こんなことが書いてあるのをみて気を悪くするかもしれない。怒るかもしれない。本当に申し訳ない。でも私の両親はこうやって他人を見下すのが大好きだった。それを私に押し付けるのも大好きだった。
見下せる対象を見つけて発破かけているだけだ、両親を擁護する人達はというけれど、私にはただの嫌がらせにしか感じられなかった。心配を煽って、実家にいた頃はいつも何かを心配して休まるときがなかった。
この年になっても私が感じている不安は、原因はこれじゃないかとしか考えられない。自分の評価がわからない。成績結果を見ても自分の評価が高いのか低いのかわからない。自分の価値観に自信がない。自分にとっての「普通」が何なのかわからない。他人の考えがわからない。他人に会いたくない。
前に友人に人前に出るのに慣れていると言われた。そんなことはない。自分の評価がどうなってもいいから、適当に話しているだけだ。周りどう思われるか気にしないから、人前にでも出られるし恥かいたって平気なだけだ。あんたのように普通になりたかった。
自分のことしか見えていないと言われた。そのとおりかもしれない。自分がわからないのに、他人のことを理解できるはずがない。自分が何者かもわからないの、相手を判断なんてできない。みんな善人に見えるような気もする。そうじゃないようにみえる気もする。よくわからない。陰口が理解できない。
心配しすぎるのは、自分のことしか見えていないからかもしれない。よくわからない。本音を言うと誰にも会いたくないし、誰かと一緒にいないほうがいいのではないかと考えてしまう。一人でいるべきじゃないか。誰ともかかわらないほうがいいんじゃないか。カウンセラーや先輩にも友達を作れと言われているけれど、自分は寂しいのか、一人が好きなのか、よくわからない。
サークルも部活もやめて、カウンセラーや先輩が言ったことも忘れてしまって、今後そういう人たちと縁を切れば、楽になれるのかもしれない。よくわからない。自分が何に不安なのかわからない。
死にたいと思ったことは何度もある。でも最近は、それが「なんだかわからないけれど何かが堪えきれないほど不快」という意味に過ぎなくて、死ぬこと云々とは別じゃないか、と考えるようにもなった。その中身が、どうしてもわからない。こういうふうに考えると、死にたい気持ちが消えないことにも合点がいくけれど、結局解決ができない。この解釈のせいで、死ぬこともできない。このままこの気持を抱えていくくらいなら、それこそ死んだほうがマシなようにも感じる。