わたしは、何かのファンになることを恐れているのかもしれないなと思った。純粋に楽しみたいだけなのだが、どうしたらいいのかわからない。
こんな感覚は中学生以来のものであるから、
正直とても戸惑っている。
ある音楽プロデューサーが創る曲が、詩が、とても好きになってしまった。
まぁ要するに、ファンになってしまったのだ。
はじめて動画サイトで歌を聴いた時、その歌詞がとても素敵で、またMVもとても素敵で、どうしようもなく心が痛くなった。
関連動画の闇といえようか、その人が作詞作曲した曲を聞き漁った。そして、その透明感と夏の凜とした音に、ひどく心うたれたのだった。
最近になって、新しいアルバムもでた。
この1年のモットーとなるような、本当に素敵な曲もでた。
情報を得たい、知りたいとおもう気持ちが強くなる。
しかし、そんなはやる気持ちとうらはらに、私のこころの奥底には、なにか捉えどころのない「虚しさ」がうずをまいていた。
この正体がわからない。
そこで、私はすこし過去に遡り、なぜこのような思いを抱くか考えることとした。
時は中学生。あれは確かクリスマスの時期であった。わたしは、当時とても大好きであった漫画家さんの、クリスマスパーティが行われるという情報をどこからか手に入れた。場所は東京。時間は夜。未成年の応募には保護者の同意も必要であったため、父と母の助けを借りた。
当選者は70名ほど。
そこでわたしは、見事に当選したのであった。
そしてむかえた当日。新幹線をとばし、心躍らせて母と会場入りをする。しかし、そこで目にしたものは、想像をはるかにこえた“ファンの世界”であった。
飛び交う質疑応答には、ファンのみが知る暗号のような単語。楽しげに私生活の交友関係をかたる漫画家さん。気合いを入れたファンのコスプレ姿をみると、自分の一張羅が少し恥ずかしくなった。
その後、ミニサイン会が開かれるとあったので、自分でイラストを描いて持参した。手渡しをした。ありがとうと微笑んでくれた。名前入りのサインをしてくれた。そこで喜ぶだけでいいのに、私は気づいてしまった。あぁ、私はこの人をすきで、おい続けていたけれど、この人にとっては初対面の、ただの中学生にすぎないんだなと。一方通行の思いであることに、気づいてしまった。
すごく好きだった。
素敵だなぁとおもっていた。
だけど、わたしの思うよりも、もっともっともっと、その人を好きな人がたくさんいた。
想ってきた年数もかけてきたお金もきっと全然違うのだろう。
私は、ここに来るべきじゃなかったと思ってしまった。もちろん楽しかったが、それよりも、私よりもここに来るに相応しい想いを、もってる「ファン」がいたのではないかと思ってしまった。
何より、一方通行な思いであることに気づいてしまったことが辛かった。
そこで、きっとわたしははじめて虚しさを感じたのであろう。
この虚しさは、時が経っても消えないまま。
新しく何かのファンになることを、拒む自分がいる。
好きなものに対する思いを曇らせる、この虚しさが嫌だ。
すごく幼く、自分中心な考えで自分を閉じ込めていると感じはするのだが、どうしてだか虚しさが消えない。
純粋に楽しみたいと思うのだが…
似たような経験がある方、何か考えがある方、「ファン」というものに不慣れな私に、どうか教えてください
48599通目の宛名のないメール
お返事が届いています
ななしさん
なんか分かる…
一方的なのはまぁいいとしても、周りの好きがすごくて、自分がとても浅はかに感じて…
私なんかが好きでいいのかな、身の程知らずでごめんなさい、私なんかが好きになってごめんなさいって感じてしまう…
ななしさん
わたしも、ある方の出演するイベントに参加したことがありました。
名前は伏せますが パフォーマンスをやられてる方で いろいろなイベントに出られていたのですが、そのときが私は初めてのイベント参加でした。
そして、当日、主さんと同じような体験をしました。
わたしの場合 一人で行ったので余計かな。
SNSでそういうアカウントを持っていたり、友達がいるわけでもない、話しかけて見ようかなって思っても周りから聞こえる言葉にはついていけない。
帰ってる時、楽しかったんだけど、それと同じくらいの 空虚な気持ちを持ってしまった。
でもそれは、好きという気持ちが深いとか浅いとか、よく知ってるからとかあんま気にしなくていいんじゃないかというふうにも思った。
よく知ってるからファンにふさわしい、ということもない。それは相対評価だから。
あとファンにふさわしいふさわしくないは、年数や掛けたお金なんか関係ないということ。
それもファンという中身の一部ではあるけど、重要なことではないんじゃないかな。
やっぱり、楽しむことが1番かなっておもう。わたしには、
「こんな内容ですよね」って話しより、「好きなんです」 って言葉の方が 、素敵な言葉のように思えます。
ななしさん
好きの大きさを計る必要はないと思いますよ!
自分も、その人の歌は好きでも、歌手自身に深入りしないタイプなので。
その人の歌に共感して、その歌を好きになる。歌手の方は、それだけでもすごく嬉しいと思います。
好きの大きさは、人によって違っていいんだと思います。
ななしさん
穏やかに愛でる気持ち 純水な憧憬の一線を飛び越えて、手にいれたいという独占欲 特別な対象になりたいという思いを少なからず抱いたからではないでしょうか。
野に咲く花を手折らずに眺めるだけでは満足できず、手を伸ばそうとなさって初めて気付いたのでは。
以下はまだお返事がない小瓶です。
お返事をしていただけると小瓶主さんはとてもうれしいと思います。