宛メをやってみると、リアルタイムで他の人が
おなじようなことでなやんでいることがわかる
たしかに、過去の自分のその悩みはつらいものであって、
それを否定するやつは嫌いだし、クソ野郎だと今でも思う。
でも、私の悩みってのは決して私だけの特別なものではないんだと思う。
私は今まで、自分がその特別な悩みをもっているから
お前たちとは違う悩みをもってるって変な自信があって、まあ事実いっても信じてもらえなかったり
気づいてもらえなかったり(まあこれは自分がそう装っていたから)というのもあるけど
結局のところ、そこにへんなプライドもっていたのは事実なんだよなあ
のくせへんなところで成績をのこすことができちゃったから、
さらにプライドが高いものになっていくのがね。
こんなにつらい悩みをもっているけれど、真面目にやって
学校の成績をあげてますよ。てやってたら、いつの間にか悩みが大きくなってた。
過去のプライドのせいでさらにいきにくくなっていった。
恥をかくなとか、過去の失敗体験が自分を苦しめている。
なまじ優秀であったころの自分とその自分に対する周囲の称賛の言葉とで
「失敗した、なにもできない今の自分」を比較し続けることが
私の場合の悩みの根本の原因だと思えてきた。そのギャップにいつまでも苦しめられている。
結局自分はプライドが高いだけで、特にたいしたことのない人間だったとちっぽけさがわかってきた。
特にできることもないし、友達だって多いわけでもない。およそリア充とは対極にいるんですよ、私は。
どんだけ勉強でがんばろうが、どれだけ友達を増やそうが、どれだけ運動ができようが
どれだけ人につくそうが、そんなのかんけねーんだよな。それが偉いってわけでもねーんだよな。
代わりに、なにかの作品をのこしてがんばっている人だっているし、
バカやって他人を笑わして人生幸せになっている人だってこの世にはいる。
その人達だって俺からいえば十分かっこいいし、偉いと今では感じる。
なにをすることが偉いかなんて、時代とか環境とか、あるいは人間関係でころころ変わる。
いままで自分はなんとなく、プライドが高いということは
いつもなんとなく理解していたけどそれが自分の中できちんと言葉で表すことができた。
いつも、楽しそうにしていた人も、からだの不調だったり、人間関係で同じくらい悩んでいたりしたのかもしれない。
まったくおいらはばかだなあ。ただただ世間知らずのかんちがいやろーな餓鬼ってだけだね。