名前のない小瓶
まあ、とっても素敵な感性!
良いですね、人であることに疲れてしまったという表現。ご不快でしたらごめんなさい。
そうですね。高校3年生、いろんな分岐点にいやが応にも立たされてしまう時期で、大変かと存じます。
私にもありますよ。仲のいい友達とすら関わるのが嫌になること。私は成人していますが、そういうときには「ちょっとひとりになります!」宣言をして、関わりのツールを断ちます。
小瓶主さまが、どんなふうに「人であること」を定義していらっしゃるか、までは分かりません。
ですが、うんうん、不登校気味も仕方ない。いいじゃないですかそのくらい。
留年が不本意なら、ちょっぴり面倒でも、仲の良かったお友達には「あなたが悪いわけではなく、私の調子が最近悪くてね。話をしたり食事をしたりするのが怠くって」というようなことを伝えれば充分でしょう。
人との関わり、世間との関わり。そういうのを断ち切って、ひとりぼんやり眠りの中を漂ったり、天気のいい日にお気に入りの靴、もしくは学校に行けなかった日に、制服姿(!)でお散歩したり。「私は自由なんだー!」って思えることをしてみると良いんじゃないかなあ、と思います。自由だし、人じゃないから何したって関係ないし、この服装だってなーんの意味も無いって踊ったって良い。
長くなってしまいました。
つまりは、「ちょっとだけ頑張って根回しをしてから休みましょう」ってことです。
案外、今まで見えてなかったものが見えてくるかもしれないですよ。
何の役の立ちそうにも無いお返事で、頼りなくてごめんね。
主さんが、今より少しでも楽になれるよう、願っています。