20歳の頃、自律神経失調症になり、それから6年ほど心療内科・精神科に通院している者です。
もう人生疲れました。30歳までに自殺ではない死に方(事故など)で終われたら・・・と思って惰性で生き延びています。
思えば小学生の時から、つらいことや泣きそうになったら心に「凍れ」と念じていた。
感情を持つとつらいから、何も感じないように、そう念じていた。
中学生の頃にはもう生きるってことがつまらなくて、しんどかった。
誰もわかってくれないから、言うことをやめてひきこもるようになり、感情が希薄になっていった。
父親の言うことが正しいと思っていた。両親とも私を愛してくれていた。だから、期待にも応えたかった。
でも、私の心はいつも、空っぽだった。
小学生の頃から塾に通ったり、勉強熱心な父親がいたので、高校は進学校へ入学した。
つまらなくて2ヶ月で退学した。
その後通信制高校に編入し、やりたいことも希望も何もなく、毎日を自堕落に過ごした。
居心地は悪かった。いつ家から追い出されるのかビクビクしていた。
だからできるだけ親の機嫌を伺いながら行動した。小さい頃からよく母親の機嫌伺いをしていたので、人の機嫌を見るのは得意だった。
余談になるが、私は人を見る力に自信がある。小さい頃からよく周りを観察していた。自分が不利益を被らぬよう、回避していた。
母親も勘が鋭く(盲信癖もあるが)、周りをよく観察するタイプだが、私も母親に似たのだろう。私はその力を彼女と環境に育てられた。
そしてずーっと真っ暗なまま20歳になり、それが病気として体に異変があらわれた。
そのことが、なんだかわかってもらえた気がした。
周りにではない。自分がずーっとしんどいことを、体に異変が現れることで、自分に認めてもらえた気がした。
社会に出てからは、自分が解離していることを自覚した。
たしかに、そのような状態に過去なったことはあるが、仕事中頻繁になるようになり、
自分で情報を調べてみたらそういうことだった。
社会には出たものの、非正規の職を半年以内に退職し、半年休職、再就職後半年以内に退職ということを繰り返している。
こんなこと20代だからまだできるが、30代からは通用するはずもない。
過去に非正規から正社員へのお誘いもいただいたことはある。
だが、考えるほどに不安と絶望に包まれ、結局断ることにした。
私には生きる気力がない。生き続けようとする気がない、といったほうが正しいかもしれない。
そんな私だが5ヶ月弱前に恋人ができた。
私には勿体ないくらい、すごくいい人だ。
その人は私にとって、生きる希望だと思った。太陽の光のような存在だ。
これ以上好きになれる人は生涯いないだろう、と思えるほどその人のことを愛し、私も愛してもらった。
だが関係というのは、気持ちというのはやはり変わっていってしまうものなのだろうか。
私はあの人に、以前のあの人を感じることはできない。
私も変わってしまったのだろうか・・
今、その人とは連絡がとれていない。連絡しても返ってこない。
やっとできたと思っていた生きる希望は、もう潰えてしまったのだろうか。
これは、私の人生録です。
人に話すのはためらいますが、でも誰かに知ってほしい。
そういう気持ちで書きました。
なにか感想ありましたら、おしえてください。