動物実験が辛い
仕事であっても
健康なものを損なわせることに対して
強烈なストレスを感じる
弱っていると、
どうにか息を吹き返してほしいと必死になって看病のようなことをするけど
その状態にしたのはもともとこの手であって
でも私がこの仕事を辞めても、離れても
また誰かが代わりにやる
私は苦痛を最小限にしようと
正直過剰なくらいにケアするけど
私の後任はそんなこと構わないかもしれない
もっと乱暴にするかもしれない
自分が、人のために会社のために死にゆく命から目を逸らしたい、という理由だけで辞めるのは偽善だしそれで動物実験は消えない
本当に善を尽くすなら、動物福祉をもっと日本に浸透させるための活動に尽力するか
動物を使わずより安く質の高いデータが取れるような新たな方法を考案するか
その二点だけ
動物実験反対、気持ちはわかる
私もそう叫べたらどれほど楽か
それこそ心の声だから
そもそも動物実験がしたくてこの会社に入ったわけではない
けれど実際、身の回りには動物の犠牲のもとに作られたモノが溢れてる
それを身につけたり服用したり、命が危ない時に恩恵を受けたり、時には食べたりもしながら、動物実験反対、というのは結局何も救えていない
動物も
病気の人も
重篤な人も
金曜の夜なのに眠れない
でもそれを嘆く権利もない気もする
逃げる権利もない
安らぎを求める権利もない
何事も慣れだよ、というけど人として、生き物として慣れてはいけない部分があるんだと
人の役に立つこともなく、単なるつまらない都合によって、無駄死にすることもある
でもそれは実験動物だけじゃない
売れ残ったペットも。
罪のない野生の動物も。
人だけは、最後の最後まで命を繋がせようとありとあらゆる手を尽くされるのにね
命が助かるとお医者さんや看護師さんや、もしかしたらメーカーに感謝するかもしれないけど
そこには命を捧げている動物がいることをどれほどの人が知っているのか
考えもしないのか
つまらない偽善の考え方だと思うのか
人の世界なんだから動物なんて道具みたいな脇役みたいなものだと思うのか
私も考えもしなかった
この世界に入るまでは
でも目を見ると感情があって
人と変わらないんだよね
それを知ることができるのは、今の仕事についたおかげ