長い愚痴です。
頑張りたくないしやる気もないです。
生まれてきたくなかったです。
勝手に私を生んだ親を恨んでいます。
本当に迷惑です。
しょうもない考えだとはわかっていますが腹が立ちます。
消えてしまいたいというか私の存在をなかったことにしたいです。
何もかも嫌です。
生きることはしんどいのに死ぬのも大変とか理不尽だと感じます。
楽に確実に死ぬ方法をさがしても見つかりません。
勝手に生んどいて死ねないとかひどすぎます。
死ぬときに痛かったり苦しかったりするのが怖いです。
このまま生きていくのも不安でたまりません。
苦しいです。
何の役にも立たない自分が本当に嫌です。
辛いしめんどくさくて仕事のやる気がありません。
仕事とかどうでもよいと思います。
無能な自分が嫌です。
でもクビになったら生活できなくなってしまいます。
不安です。
役に立たないくせに給料だけは欲しいです。
最悪です。
申し訳ないです。
病気のふりをしているのか本当に病気なのかわかりません。
仕事しなければならないのに手が動きません。
本当に動かないというよりは動かすのが死ぬほど面倒くさくて動かないという感じです。
この死ぬほどめんどくさいという気持ちはは何なのでしょうか?
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ななしさん
こんにちは。
ほとんど同じ気持ちを抱えているので、すごく共感できます。
反出生主義は、ご存知ですか?
シオランなんて、それだけで人生を乗り切った偉人ですよね。
死ぬほどめんどくさい、というのは相当な鬱状態だと思いますし、私もそうです。
病気でも、フリでも、最近私にはもうどちらでもよくて、ただ「そう」なのだと思っています。
動いていないと生きていられない人が一定数存在するように、自分はその真逆の位置にいる、これまた一定数いる人間の一人なのかな、と。
動かざること、山の如しの性質なのです。
動く人は確かに物事を創り出したり、打開して行ったりします。
今の世で幅を利かせ、やたらと色んなことに口を出したがり、我こそは正義と標榜しています。
その反面、攻撃的で、彼らが気持ちよく通り過ぎた後は破壊の爪痕甚だしく、体良く利用された人間たちが死屍累々、という惨状を呈したりもします。
動かない人間はそれを見て、いよいよ厭世的になったりする訳です。
このタイプの人間も、追い詰められるて仕方なくとか、何か厭世観がしばし和らぐ出来事があったために動き出すことはあります。
でも、基本的に「動かない」人間なので、エネルギー消費量は半端ではなく、疲れやすいし、原因がなくなれば元の木阿弥です。
本当に、もし可能なら、一生眠っていたいくらいです。
それが安らかな眠りであれば。
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