名前のない小瓶
悪口を言われるのはつらいですね。
どす黒い感情も、持っていていいんじゃないでしょうか。おかしいことを、おかしいと思う感情は、当たり前です。悪口を言われて、どす黒い感情を持つのも当たり前です。悪口を言うは良くないことですが、すべてを良いと思えないのも、人間らしさです。
そういう、自分をゆるすことと、相手をゆるすことは、繋がっているようにも思います。
私は、悪い気持ちをゆるすことにはしたけど、忘れないことにもしました。
生きる意味、私も探していました。また探すかもしれないですが、今は、何となく、満足しています。5年くらい前、周りから何て言われるか、どう思われるかが気になって、心が醜い自分に嫌気が差して、生きて存在している事に罪悪感を持ち、消えて無くなりたくなったことがあります。でも、結局、私は社会と繋がって生きる事を選び、そうするうちに人との関わり合いの中で、自分が生きる意味、私が生まれた意義を感じることができました。ただ出会う事で救われたように思います。
病んだ事も、今では、私にとって、大切な道のりだったと思います。
何のために生きるのか、理由を持って生まれる人なんて、いないのです。結局、生きてみないと、わからない。何のために生きるかは、これから自分で決めればいいのです。
存在するものは、事実として存在し、その優劣をつけることは、実は難しいことなのだと思います。存在するもののすべては、自然です。変だ、不自然だと、糾弾する人がいたとしても、存在する限りは自然なのです。
死んだ事はないので、楽になれるかわかりません。でも、私にはまだ、生きて、なすべき事がある気がしています。私が、そうしたいのです。