辛いとか悲しいとかを独りでも耐えるにはどうすればいいのか。
親には心配かけたくない。
仕事の同期とはそれなりの仲だけど、踏み込んだ話はできない。
学生時代の友達と何年も連絡とってないから、今更連絡しても不審がられそう。
ネット繋がりの人も踏み込んだ話はできない。
昔から自分の本音が何となく話せなくて、思い返しても本心を言えたことがない気がして、大人になった今それが変わるわけもなく。
こうして愚痴をこぼしたところで、明確に何がどうして辛いのか悲しいのかは話しようがない。
だったらいっそ、誰も頼らず独りでも耐えられるようになった方が良い気がして。けれどメンタルが強い訳でもないから、やりようのない気持ちのまま、なあなあにして時間で誤魔化す。
助けてもらいたいのか、自力でどうにかしたいのかも曖昧。生きていても無駄な気もするし、死ねもしない。ただ遅くても30歳で人生は終わりたい。
人生には正解がないだとか、生きてれば誰しもが悩むだとかそんなのは十分わかってる。分かった上で、それならどう生きればいいのか。
できるだけマシな生き方はあるのか、と。
結局それも分からないからただ何となく、世間からはみ出さないように、周りに合わせて生きるだけ。
文字に起こしてて自分が言いたいことも分からなくなってきたからやめよう。
少しだけ消化はしたいからこのまま流します。
ななしさん
私も、実社会では辛い気持ちを少しでも出すと、すっと避けられるような経験を何度もして、そんな気持ちは自分の中に押し込めてきました。本音が言えない、というのは、小瓶主さんと同じかもしれない。
なあなあでごまかして、笑顔でいるように努力したり、強がってみたり、逆に弱さを見せてくる相手には冷たくしたり…でももう疲れてしまって…。退職した職場の同僚や、ママ友との関係はフェードアウトさせつつあります。学生時代の友人たち(と呼べる人がいたようないなかったような…)とはとっくの昔に縁が切れています。
家族がいて、それはありがたいのですが、その中でもずっと仮面をかぶって生きているような気がする。というか、何がしたいのかもはっきりしないので、むしろ半透明のどろどろのような状態で、形と色をまわりにあわせて変えて生きている、というところでしょうか?
「できるだけマシな生き方はあるのか」と問う、小瓶主さんの姿勢、いいと思う。今はわからなくても、辛くても辛くても、少しずつそれを問うていれば、少しずつ何か改善していくのかもしれない、と思います。「何がしたいのか、どうしたいのか」を自分に問うていけばいいのだと。
ついそのことを忘れていました。小瓶を読んで、ちょっと目を覚まさせてもらいました。ありがとう!