だいすきだった先輩に振られた。告白したのは一度だけれども、私は先輩と自分の関係で二回自分が振られているという感覚があった。
前の小瓶を読んで下さった方もいるかもしれないが、私と先輩は部活の先輩後輩で。同じパートで、同じ楽器で、年は二つ離れていて、先輩は一週間前に引退してしまった。私は振られてからも、先輩が部活にいなくなってからも、変わらず先輩のことが好きで、インスタのストーリーを眺めていた。まだ音楽室に行ったら、変わらず先輩がいるんじゃないかって思っていた。実感がなかった。先輩に振られて、もう私は後輩ですらなくなって、先輩にとって何者でもなくなったということが、どこか他人事だった。その時間は昨日の深夜唐突に終わった。画面を触ると先輩のストーリーがいつも通り現れて、それを目にした瞬間、私のなかで何かが崩壊した。「今日好きな人と話せた違う学校だから嬉しい」間違いなく先輩が綴ったのであろう文章を読み取って、えっ、と思いながら、やっぱりな、という気持ちがすぐに湧いてきた。ここまでだと思った。私は行けるのはここまでだったのだ。時間を見ると日付が変わって少し。私が先輩に告白したのとほぼ同時刻だった。言い訳のように歯を磨いて、ベッドに入ったけれど、眠ることなんてできずにずっとシーツを握りしめていた。夜も明けようとする四時頃、私はおもむろにスマートフォンを起動した。指を速く速く動かして、写真フォルダを呼び出しながら、嗚呼、終わるのだ、と分かった。アルバムにまとめて保存していたパートみんなで撮った写真や、先輩とのDMのスクショや、ストーリーのスクショを全部消去した。復元できないよう、ゴミ箱からもう一度完全に消した。先輩のインスタライブの録画なんかも含めると、それは200件にわたった。冷めてはいなかった。むしろやっとだと思った。私は先輩のためでなく、自分のために人生を歩むことを自分で決断できたのだと思った。私のどの端末にも、私の部屋のどこにも、先輩と私が一緒に過ごしていた証がなくなって、全てが終わって、目を閉じた。瞼の裏に、あの部屋できらめいていた先輩の瞳が見えた。先輩と、私と、みんなで、みんなでいた日々が浮かんできた。笑って、泣いて、歌って、寄り添って過ごした毎日を。私は忘れてはいないのだ。この大切で愛しい記憶を思い出としてずっと大切にとっておく。私が見るのは、もうこの思い出の中にいる先輩だけだ。寂しくもないし喪失感もない。満たされていると思った。いま、目の前に先輩がいるんじゃないかと思って、そっと目を開けると、そこにはたしかに私が大好きだったあの日々の中心にいた大好きな先輩がいた。ありがとうね、と呟いたら、先輩はいつもみたいにうははっと上品に、少し困ったように笑って、目を伏せていた。もう一度目を閉じた。あの日の私を、大好きだった先輩とそれ以上になれる可能性がないことを知って泣いていた自分を、今この手で殺そうと思った。私が無理やりにでも次に進むには、綺麗な思い出に収まれなかった自分を消すしかないのだと思った。目を開けて、さよなら!と言った。全ては崩れ落ちて、でも決して冷たく悲愴的でなんかなくて、先輩がまた優しく笑ったのを見た後、目を閉じたらいつでもあの記憶を取り戻すことができるのを確認し終えると、先輩はもうそこにはいなかった。さよなら、先輩を追いかけた私。さよなら、私の憧れで呪いともいえた先輩。
思い出の中でだけ、私の聴いた声で、私の見たあなたで笑ってね。