ありがとう。
ありがとう。
あの日、札幌から来て、水漏れを直してくれて、ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
さまざまな地から、給水車が来てくれて、ありがとう。
ありがとう。
ありがとう。
道路が復旧していない中、物資を運んでくれて、ありがとう。
それによって生活出来たし、仕事も出来た。
ありがとう。
ありがとう。
南京町のみなさん、ありがとう。
寒い中、物資がない中、ライフラインも復旧していない中、温かいものを提供してくれて、ありがとう。
だから…色んなことがあっても、憎めないんだ。
ありがとう。
ありがとう。
親戚のお兄ちゃん、従兄弟のお兄ちゃん。
ありがとう。
従兄弟のお兄ちゃんは、当日に道路が復旧していない中、車で水や食料を持って来てくれた。
親戚のお兄ちゃんはお米を送ってくれた。
ありがとう。
ありがとう。
バイト先でお弁当を提供してくれた、お弁当屋さん、ありがとう。
米のご飯か、パン、インスタントラーメン、と炭水化物しか摂ってなかった時に、お弁当を提供してくれた。
バイト先は電気が復旧してなかったから、冷たいままだったけど、あの時のハンバーグ、美味しくて、涙が出た。
ありがとう。
ありがとう。
応募してくれた人達。
募金をしてくれた人達。
ありがとう。
1995年1月17日、壊れて、瓦礫の街になってしまった神戸は、元のように生活出来るようになりました。
だから。
だから。
あの時、いっぱいもらった『ありがとう』を。
今度は東北の被災地に届けます。
まだまだ復旧していない場所。
そして、あの時のまま、取り残された心。
あの日、神戸で感じたみたいに、なかなか伝わってこないけど…
元のように生活出来る…という難しさも分かっているけど…
でも。
でも。
何かの形で。
おうちがあって。
そこに電気がつき。
ガスが通り。
水道が出て。
誰かが笑ったり。
怒ったり。
友達と普通に話せたり。
メール出来たり。
…そんな普通の生活が出来るように。
ここから、小さくて、頼りにならないかもしれないけど、応援してます。
いつか、あの日のことを笑って話せるように。
やっと最近笑って話せるようになったけど、ひどいフィードバックは相変わらず起こします。
だから、その難しさも分かっているけど…
でも。
次の世代へ。
体験していない人へ。
伝えていくことは必要だと思ってます。
自分自身がその難しさを分かっているのに……
どうか。
どうか。
笑って。
そして、笑わないでいいです。
笑えないなら。
あの日からすっかり自分自身、笑いに厳しくなりました。
バラエティー見ても笑えない。
前、真面目に『イロモネア』の客席に座ったら、出演者を困らせる客になるかも?やってみようか?と思ったことがあります。
笑えないなら。
お笑いの人達を厳しく審査する人になっちゃいましょう。
もしかしたら、そんな貴方を笑わせるために賞金が出るかもしれない。
…それくらいの気持ちでいたら、笑わないことも誇りに持てます。
…何か龍頭蛇尾だわ(笑)
かっこよくキメるつもりが、何か笑いに走ってしまう…
あかんわぁ………
で、ちっとも笑いになってへん。
あかんわぁ……
そやけど。
あの日の『ありがとう』を、今度は東北の被災地に送りたくて。
いっしょに。
顔晴(がんば)ろな!
この国は。
何度も。
何度も。
立ち上がってきた。
その絆。
その心はつぶれへん。
勝手なこと、長々と書いて、御免なさい。