僕は4年ほど前に奇妙な夢を見た。恐らく当時読んでいた小説や当時の精神状態に起因するものだろうが、夢日記を見返したらなんだか不気味で仕方がなかったので物語調にしてここに供養する。
なお、本文中に精神科への悪い偏見や差別的言葉が含まれるが現実とは一切関係がない。あくまでフィクションとしての妙なイメージである。(少なくとも現代の精神科は夢世界よりは真っ当な医療を行っているし現実世界での自分は差別用語を使うのを控えている)
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ある日、ワタクシの主治医であるS先生はワタクシに奇妙な円形の紙をお渡しになりました。
その円形の紙は中央から放射線状に12本の線が引いてあり、イッタイ何に使うのか皆目見当もつきません。そうしてワタクシがウンウンとアタマを捻らせながら紙を裏へ表へとペラペラひっくり返していると、S先生は不気味なほど穏やかな表情で言葉をお始めになり、ワタクシはハッとして円形の紙を膝の上に置いて耳を傾けました。
「嗚呼、失敬。安心してくださって構いませんヨ。それはある種のセラピイなのですからネ。」
「ハハァ、では此れに種も仕掛けもないのだと?」
「エエ、モチロン。アナタが眠れずに午前の三時を迎えてしまったのならその紙を使いなさい。カンタンなことです、三時から三十分が経つごとにヒトツヒトツ鉛筆の線に沿って切り込みを入れるのですヨ。」
「フム……?」
「此れを使えば少しは眠れないアナタの助けになるでしょうからネ。サァ、其れを持ってお帰りになりなさい。」
最後にS先生は其のように付け足した後、其の穏やかな笑みを顔面に貼り付けたままそれっきりスンと黙ってしまわれました。
ワタクシは其れが何か酷く恐ろしいモノに感じてハアハアと其れらしい相槌を投げながら逃げるようにウチへ帰ることにしました。
家に帰っても不気味さが忘れられないワタクシは今晩もまたナカナカ寝付けずにいました。寝入ろうとする度にかつての厭な出来事が呼び起こされてみるみるウチに頭がキチガイになっていくのです。
気付けば三時が近付いてきて、スヤスヤ眠れるならばとシカタ無くワタクシは鋏と幾らかの砂時計を用意しました。
ワタクシには同居人がいるのですが、アンマリ夜中にガチャガチャとやっているものですからワタクシをキチガイと言わんばかりに薄気味悪いと喚き散らして参ります。
「イイエ、こちらはS先生が仰った新しいセラピイなのですヨ。紙をチョキチョキとやるだけで心が落ち着くだけの、ケッシテ怪しいようなモノではアリマセン。」
ワタクシは半信半疑な己を洗脳するように、S先生を無理矢理信じるように、キチガイでないと訴えかけるように同居人に話します。すると彼はメンドウだとでも言うようにワタクシに構うのを辞めて再び眠りにつきました。
ワタクシは円形の紙に遂に一本目の鋏を入れることにします。薄暗い灯の中でシャリ、シャリという音だけが響き、彼が気味を悪くするのも少々とダケでも理解ができるような気分になってきます。モチロン、紙を切っただけではワタクシ自身も全く効果を感じていません。
砂時計をヒックリ返し、何度返したかが分かるように紙に正の字の一本目を引きます。嗚呼、ワタクシは……ワタクシは……。
気付れば入れた鋏は3本目になっていました。ケレドモ、マッタク眠気はやってきません。其れどころか、もうスベテを切ってしまって楽になりたいとさえ感じるのです。S先生を疑う気持ちが強くなり、ワタクシを治療してくださるヒトを疑うだなんてワタクシはなんとキチガイなのかと己が恥ずかしくなるのです。
イイエ、もしかしたらワタクシが理解出来ていないだけでワタクシは眠く在るのではないか?S先生を疑うのはワタクシがキチガイだからなのではないか?いつの間にかグースカグースカと寝息を立ててしまえるのではないか?
ワタクシは4本目に切り込みを入れます。
嗚呼、ワタクシは……ワタクシは……。
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原文は
“医者が円形の紙を渡してきた。放射線状に12本の線が引いてある。「3時になったら30分毎にひとつずつ切り込みを入れなさい」と。僕はタイマーをかけ実行した。3本目に切り込みを入れた頃、両親に気味悪がられた。でもこれは医者の言うことだから。僕は眠くなっても30分後を待ち続けた。そんな夢。”
とかであるし、S先生(スリープ先生)なんてものも存在しない。なんなら同居人というのもただの一般的な親である。(思い出して書いているものもあるが原文以外のはほとんど脚色)
それでも当時から睡眠に悩んでいたのは事実であるし、自分が悪い意味で狂ってしまっていると感じていたのも事実だ。しかし、その恐怖が夢にまで出てくるのはなんと“薄気味悪い”ものなのだろうと思う。どちらにせよ、一般的な感性を持っている人間が見るような夢ではない気がするし、自分が一般的な感性から遠い人物であると想像して自己嫌悪していた記憶もある。
ちなみに、このようなセラピイ(心理療法)を勧めるのはどちらかと言えば真っ当なカウンセラーや真っ当でない詐欺師の管轄であり、医師の管轄ではない。多分。
209681通目の宛名のないメール
小瓶主の返事あり
お返事が届いています
みぃの
(小瓶主)
小瓶主です。
とても嬉しく思える文が目に入ったので僭越ながらお返事を書かせていただこうと思います。
推察の通り、この文章は夢野久作の『ドグラ・マグラ』を意識しながら再構成したものです。あの長い文中の数ある葛藤、少々独特な理論、それとは無関係のほとんど読み飛ばしていい資料…。僕は丁度4年くらい前にその本を読んでいました。
リアルで睡眠で悩んでいる事情もありつつ、精神科はまだ胡散臭いとこだと思いつつ、そんな中で出会ったのがあの本だったのです。
…いえまさか、ここまで多大な影響を受けた夢を見ることになるなんて当時の自分は思いもしなかったでしょうが。
自分の文章は更新速度がまちまちになりますが、褒めていただきありがたく思います。
是非そちらもメンタルヘルスや熱中症等には気をつけお過ごしください。
ななしさん
なんか夢野久作を感じた。
みぃのさんは、本当に才能がある。
気持ち悪がられるかもしれないけど、私はあなたの文章の大ファンなので、最近メンタルが落ち着いてきて宛メから離れていたけど、そろそろみぃのさんの新作があるんじゃないか?と検索したら、この小瓶があって、とても嬉しかった。
途中で挫折した、ドグラ・マグラとか久しぶりに読みたくなってきた。
わたしも睡眠に悩んでいて悪夢は結構見るけど、ただ不快だなって思って終わるだけだから、それを言語化して人の心を動かせる才能がすごいと思う。
あなたの文章が大好きです。
最近うんざりするほど暑いので、体調にはくれぐれもお気をつけてください。
以下はまだお返事がない小瓶です。
お返事をしていただけると小瓶主さんはとてもうれしいと思います。