小学一年生の頃から父方の祖父母の家に住むようになった。
祖母は考え方が古い人で、長男である弟を可愛がり、事あるごとに姉弟差別をしてきた。
女の子なんだから家事の手伝いをしろ。
弟は男の子だからやらなくていい。
お前は姉なんだから、弟が悪いことをするのはお前の真似をしたからだ。だから叱るのはお前だけで十分。
というような発言は日常茶飯事。
入学祝いのプレゼントは弟だけ。
まだ同居し始めたばかりの頃、家で歌を歌っていたら、突然「うるさい!」と怒鳴りつけられたこともあった。
田舎のだだっ広い家だったので近所迷惑とかそういう理由はない。
気が強い方だった私は子供なりに怒って反抗していた。
父が遠方に入院し、母が付き添いで1ヶ月ほど家をあけたことがあった。
私はいつ帰ってくるのか知らされておらず、どうして母は帰ってこないのかと祖母に尋ねた。
祖母は「お母さんはお前のことが嫌いになったから帰ってこないんだ」と言い、さすがの私もそのときは大泣きしたことを覚えている。
たまに様子を見に来てくれた伯母が優しくしてくれたことだけが唯一の救いだった。
モラハラの概念が社会に浸透していくにつれ、私が受けていた仕打ちは理不尽なものであり、怒りは当然抱いて良いものなのだと感じるようになった。
そのときにはもうすでに大人になっていた。
やがて結婚し、子供が生まれたことで、自分の子供の頃を思い出すことが増えた。
育児をする中で、自分の時間や自由が奪われていくことにイライラするだけでなく、子供の頃の思いが蘇るようになった。
この子はこんなことしても許されるのに、私は許してもらえなかった。
子供なんだから仕方ないなんて言ってくれる人は誰もいなかった。
いつもお前が悪い、お前はそういうやつだと決めつけられて頭ごなしに怒鳴られてきた。
子供と接していると、虚しくて苦しくてイライラしてたまらなくなる。
子供には自分が子供のときにされて嫌だったことはせず、してほしかったことをめいっぱいやろうと決めていたはずなのにできていない。
祖母と瓜二つになっている気がする。
「虐待は連鎖する」なんて言葉があるが、世の中には絶対にそうはならないと固い決意で貫いて育児をしている人もいる。
私は、感情に負けて子供に当たっているだけの未熟な人間でしかない。
大嫌いな祖母と同じにならないように、何か感情を抑える方法はないかと毎日考えている。
それと同時に「祖母に一言言ってやらなければ気が済まない」「一言で良いから私に詫びろ」という煮えくり返るような憎悪も常にある。
だが祖母は私が学生の頃に亡くなって、もうこの世にはいない。
やり場のない憎しみと変われない自分への悔しさ。
優しく諭しても怒鳴っても学ばない子供への苛立ち。
ままならない日常と感情の処理の仕方がわからない。
同じ過ちを毎日繰り返しては後悔して、ずっと同じ場所で這いつくばったまま無様にバタついてるような心地。
どんどん大嫌いな自分になっていく。
ななしさん
「変われない自分への悔しさ」を感じていらっしゃるなら、変化のきっかけになります。
私の母親も、若干毒親でしたし、祖母はモラハラでした。長男びいきで次男差別、嫁(私から見たら母親)いじめか何かで、母が悩んでいる姿を何度も見ました。
過去にされて嫌だったこと。
それを感情の記憶付きで思い出すのは、体が疲れているからかも知れません。
休めていますか?睡眠は足りてますか?もしも、不足しているのなら、おそらくそのせいです。
科学的根拠はなくても、健康面のせい、便秘のせい、寝不足のせいと思った方が気が楽になると思います。
祖母に言ってやりたいことは小瓶で流してみてはいかがでしょう。
きっと、似たような経験をされた方がいらっしゃると思います。
共感をしてもらえるだけでも、お気持ちが軽くなるかも知れません。
子育て、お疲れ様です。
失敗してもあまり責めないでくださいませ。
理想を言えば、反省して改善案を考えて、次に活かしましょう。
また小瓶を流してください。