今日も教習官に言われてしまった。
「ネガ思考しない、自分を褒める。
何か褒められることあったでしょう?」
私は答えられなかった。
右折はぎこちなかった。
過剰な警戒で低速に走って後ろの車を詰まらせてしまった。
そのうえで歩行者を見落としそうになって急ブレーキ。
中央線はたまにはみ出す。
ウィンカーが遅いし確認が甘い。
自転車に譲ろうと車を寄せきれない。
何ができた?
何もできていない。
考えるのも見るのも遅いし常に焦っている。
何度2速発進したかわからないし、加速チェンジもゆっくり。
家でも普通未満だったと思って、そう判断して、
「ほめられるようなことはないです」
教官はため息をついて言った。
「飛び出す車に事前にブレーキを踏めて、坂道はスムーズにでき、エンストを起こさなかった。
ぱっとここまであるのに、どうしてできないこと探しをするの?」
私はもうこの時点で涙が出そうだった。
なぜかは今でも分からないが、胸がきゅうきゅうして、でも辛くはなかった。
「君はほか人よりもしっかり確認してるし、いわゆる尊法意識もある。
でも君は自分がだめだだめだと言って、できたことを探そうともしない。
小さいことでいいから褒めてあげて」
ぐっと涙を堪えて、口をついたような言葉が出る。
「でも私は褒められるに値する人じゃない」
「なぁんでそんな事言うの」
私には、なにか奥深く樹木のように根付いたなにかがあるのだろう。
自分を褒めることに抵抗があって、仮に褒めても「自分”ちょっと”上手”かも”」と断定しない。
人はすらすら褒められるのになぜかは分からない。
「ほら今だって泣きながらボロボロになりながらちゃんと運転できてる」
事実だ。
頭がいっぱいいっぱいなのに運転自体はできてるし確認もできてる。
感情が溢れても動けないわけじゃなかった。
「どんな状態になろうが逃げられないじゃないですか、運転は」
そう言って、教官の指示通りに車を運転して教習所へ戻る。
家に着いてからも、なにか自分を褒めようとしても、できなかったできなかったと減点しかできない。
人を加点することはできるし、人への減点も甘いのに。
自分に厳しいときの私はこうだ。
でも教官は知らない。
そうじゃないワガママ全開で醜悪な私を。
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ななしさん
できないこと探すことができるじゃん。
それってすごいことだと思うよ。
自分が何ができないかわからないこともあるでしょ?
見てみぬふりして突っ走るよりいいと思うよ。
一個ずつゆっくりできるようになれば、できないことが一つ減るたびにできたも褒めるとこも増える。
全然できない?できるまでやればできる!!
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