ななしさん
ちいさいころ、母さんの語る物語はいつも最後まできけなくて、結末は寂しいようなぬくもりの向こうにいた。
一人の部屋の布団に潜っても眠れぬ夜。淡い闇に目をあけて、懐かしい声を思い出していた。あんまり外があかるいので身体をおこして、青いカーテンの隙間から夜を覗く。
欠けはじめた月の影が、すみずみまで街を縁取る。
濡れたようにひかった隣の屋根から、白い猫がするりと降りる。
黒々と柔らかな土につま先が触れれば、猫は少女になって歌をうたう。
ブルーグレイに透きとおる髪と、星をくすぐるうた声と。
そっとカーテンを引く。
月の光が青に染まって、ちいさな部屋は海の底。
おやすみなさい。