大好きな彼氏が怖い。
そう思うのが嫌だ。
中学生の頃のこと。
下校途中、呼び止められて振り向いた。
そこにいたのは、数日前に告白してきた年上の男子学生。
顔は知っているけれど話したことは一度もなくて、その場で振った人。
その人に突然押し倒されて、気付いたら太腿を切られてた。
頭を押しのけたりお腹を膝で蹴りつけたり、とにかく暴れてなんとか逃げた。
流れる血がソックスを濡らしていったけど、痛みは全然感じなかった。
押し倒された時に打った右肩と背中だけが鈍く痛んでた。
立ち止まるのも後ろを見るのも怖くて、学校まで必死で逃げて、保健室に駆け込んだ。
怖い、怖い、怖い。
頭がそれでいっぱいになってて、先生に本当のことが言えなかった。
言って、親にばれるのが怖かった。
「この怪我どうしたの」
「裏門のフェンスに引っ掛けてしまって」
太腿をあんな低い壊れたフェンスに引っ掛けるなんて、普通に考えればありえない。
でも先生はこの馬鹿みたいな答えを飲み込んでくれた。
何かあったらすぐ先生に言うんだよって言ってくれた。
そこではじめて涙が出た。
それから一年間、怯えながら学校に通った。
その男子学生は二度と私に近寄らないまま、卒業した。
彼氏とはじめてセックスすることになった時、それを思い出してしまった。
わたしのあしもとにからだのうえにおとこのひとがいる
いやだこわいにげなきゃいやだやめてやめてやめて
気付いたら彼を突き飛ばしてた。
申し訳なくって、たくさん謝った。
彼はすぐに許してくれた。
彼はとっても優しくしてくれてるのに。
あの男子学生とは似ても似つかないのに。
どうしても重なってしまう。
あれからずっとセックスは挑戦できてない。
それどころか、身長が高い彼に立ったまま抱きしめられるのさえ怖くなってしまった。
大好きな彼に抱きしめられたら嬉しいはずなのに、怖いなんて思いたくないのに、頭が勝手にサイレンを鳴らす。
もうたくさん。
早く消えてしまえ。
傷も記憶も、全部。