異端の末路)
今日、定期で通っている講演会(?)後、
思い切って、カリスマ講師さんに
悩みを吐き出してみた。
厳しめの人なので、勇気は要ったが
わたしは、マゾなので、こういう人でないと
ケツに火がつかないのだ。
問うて、講師さんなりにお知恵を頂き
なんだかわからなくなってしまった。
わたしが聞いたのは
自分はお母さんの枠の中で生きることが、
正しいことだと思っていて、
それをやめたい。
そのやり方でしか、人間関係を作ってこなかった。
エピソードは満載。
だけど、その事実を認めたくないというものだ。
そのひな形と、事実をイコールと思いたくないという思いが
払拭できない!
お母さんを、責めたくないのだ。
いまのお母さんはいいひとだし。
おかあさんは、悪くない。
おかあさんだって、一生懸命だったんだ。
わたしはいい。
わたしは、にばんてでいい。
わたしは、いい。
うしろでいい。
それがいい。
ゆずるがいい。
おかあさんがしあわせなほうがだいじ。
(このくだりは、今朝、出た)すげー本音!
本当に欲しいものは、手に入らない。かなぁ??
が、講師さんは、それは違う、といった。
変な人ぶってるでしょ!と言われた。
いつか、自分でも、セルフで書き出したものと
部分的には同じで
(その時は、だからってどうすりゃいいのか?わからなかった)
だけど、もう、自分ではなにがほんとで
何が、後天的な偽造なのか、わからなくなってしまった。
わたしは、もたもたしたできない子、という
お母さんの、繰り言と
5歳のとき、好きだった男の子の態度を見ていて
なんとなく「女性として、わたしは需要が低い」
という思いこみがある。
そう、なんとなく、異端の、規格外だと
自分のことをそう決めつけているところもある。
足のこともあったから、おあつらえ向きの証拠をガンガン集めて
自分から、いつのまにか、果てしなく普通へ執着のある
変わった人になっていったのだと思う。
ひとつずつ、、荷下ろしをしていくうち
憧れていた、普通の人の持っていたものを手に入れていく。
その度、自分は、只の人に成り下がっていくのも感じていた。
自分の言葉というものが、自分の中にあるということも知り、
口に出していくことで
まりちゃんは、そのままでいいと、
他人は言うようになる。
でもなんのことだかわからない。
きょう、講師の先生に、あなたは、くねくねしてるけど
それはやめたほうがいいと言われた。
わたしは、ほんとに、くねくねしてしまうことがあるが
それは、天然の産物で、
ひとがそれをみて、喜んだので、以降無意識に
サービスでやっているところがある。
お見通しでした。
あなたは、実年齢の見た目通りのきれいな人なんだから
そのままの雰囲気で、ポーズから変えていけと言われた。
普通の人として生きろと言われた。
講師さんは、あなたを普通の人ってわたしに言われてくやしいでしょ!
と言われたので
半分半分だなぁと思った。
同じ棚卸しを、以前したことはあるので。
鏡を見る度、腹話術みたいって
ひとりごとが映るたび、ずっと自分でも違和感を感じていた。
どちらがホントの自分なのか?
このアンバランスごと、自分なのか?
ずっとわからなかった。毎日。今でも。
通っている講座で、ほぼ初対面に近い状態の同期にも
以前、ほぼ同じことを言われた。
まりちゃんは、黙っていればいいおんなふうなのに
なぜ、そんなふうに(クルクルパーのように)振る舞うのか?と。
ずっとひっかかっていた。
そのあと、かみついたけど。
お母さんの思う、劣った子を
(いえ、ホントに出来ないことは出来ぬ、ですがね)
わたしは、ずっと演じてきた。
女になってはいけないと。
こわい話をひとつ書くと、
わたしは、自分でも知っているのだが
母親の前で、ナチュラルに自分を出すようになってから
余り書きたくないのだが(この歳で)
見た目が、女になってしまった。
母親が、嫌悪しているのが手にとれた。
(今は諦めているのか、慣れたのかは知らん)
わたしが遠くに行ってしまったような気がしたのだと思う。
わたしは普通です
わたしは普通です、
わたしは普通の大人の女性です!
やたら言わされた、講師に。
わたしには、異端扱いされた記憶しかないと泣いた。
最初に異端だと、決めつけてしまったのはわたしなのに。
当てこすりたかったんだと思う。
最初は嫌だったけど、無意識のうちに
異端はオイシイと思う自分もいたのは事実。
あなたは、そのままで、と
言ってくれた、近年の人達が聞いた
わたしの言葉ではなす、わたし、で
きっとよかったんだと思う。
(あ、宛メのわたしですね)
変わったことは言ってないけど、
(そういう意味で、ふつう)
自分の言葉だから、個性、という意味。
ふつうって、全員違うのが、ふつうでしょ?
講師さんは当たり前のようにぽろっと言った。
わたしはきっと、
だれかにずっと
それを言って欲しかっただけなんだって
わかった。
その当たり前に、寄り添ってくれる人に
会いたかっただけだったんだ。
これから、いい女風で動けとのこと。
そんなことしたら、叩かれる!と言ったら
誰かに叩かれた?と言われたので
いえ、というと、じゃあ、想像じゃん!といわれた。
講座のメンバーが、自分を棚に上げてもの言ってもいい!!
というのを掲げていて
それが、ひとのいびつさを示す
素直な形でもあると思うので
きっとそれでいいんだろう。
わたしに出来るのだろうか?
妙齢からはキツいなぁ・・たいへんそう。
余談だが、人違いかどうかわからないけど
あれーー?というひとを、ここで見かけた。
(別件)
すこしだけ記憶に自信がなく、面識も薄いので
あれーー?のまま帰った。(マジ)
生徒さんの一人かなぁとも思ったし。
顔がちょっと似てたからかな??
ちょっと、おもしろかった。
47249通目の宛名のないメール
小瓶主の返事あり
お返事が届いています
まりちゃん
(小瓶主)
>りぃふさん
お返事どうもありがとー!
わたしは、すっごく、人を贔屓する人間なので
(贔屓してもいいー!って、認めたんです、ある日)
りぃふさんのこと、一度も、
真似っこナンチャラ、なんて
思ったことないんです。
逆に、意外でした!!!
なんだろうなぁ、
ここで、引きがあるというのは
人間って、一人の人であれ
いろーーんな面、多面体の集合体じゃん。
その、いくつかの面が
とても似ているからじゃね?って
思うんです。
あと、、在りたい方向性が、多分ね
似てるんだと思う。
だから、逆に、りぃふさんの小瓶、
わたし、励まされたり、いっぱいあるもん。
何も言えないから、お返事を書かないこともあるけど
基本、心があったかい人や、興味あるやつにしか
書かねえからなぁ。
(ヒドーーイ!)
と、いい女のまりちゃんは、思いましたとさ!
(ありがとよーー!!)
このお返事、
載るのかしら??果たして・・
りぃふ
この小瓶が流されたばかりの頃に拾った時は「??」って感じだったのですが、今拾うと何だかすごくわかります。
私も親に貼られた「変な子」のレッテルの部分を強調しながら生きてきた(生きている)節があって、
まぁ実際にズレた「変な子」の部分はあるけれどもつくっている事実を認めたくない。
しかもどこまでがもともと持っているもので、どこからが偽造なのかわからん!
という状況にここ数週間いるので
また似たようなルートにいるんだなぁって思って読みました。
しばらくずっとぐるぐるしていますが、やっぱりどうしていいかのかわからないので、まだしばらくあがきます。(苦笑い)
なんだかここ2年くらい私はまりちゃんさんの背中を追いかけて真似っ子しているみたいで、
私はそれでもいいけれどまりちゃんさんは嫌だったりしないかなぁ…と不安に思いながら、
けれど別ルートを辿ろうとしても同じような道を通っているので、なんだか申し訳ない気持ちです。
私の中でまりちゃんさんはずっといい女!!!(大声で)
以下はまだお返事がない小瓶です。
お返事をしていただけると小瓶主さんはとてもうれしいと思います。