中学校3年間、今だからそう思えることかもしれないが、「とても歯切れが悪かった」。
何も知らずに、ただただ理想で頭の中を埋め尽くして入学した中学校。何であんなに気持ちが高揚していて、今思うとカッコ悪いくらい大人だと思っていたんだろう。
だんだんと、私の理想からズレているなとわかってきて。怖くなるというより、受け入れられなかったのかな。
どこか、私が知らないだけで、「理想」を追い求めていた。ダサいな。見つかりもしないのに。
現実を知ると、「正しさ」を求めるようになった。立派とか、真面目とか言葉の響きが好きだった。
でも、到底なれやしなかった。捻くれた心という存在に気づいて。
捻くれた心になぜか、好意を抱いた。
今までの自分が恥ずかしくなった。
捻くれた心をもった私は、正しい大人とそうでない大人を知った。私が思う正しい大人になれるなんてわかりはしないのに。
大人は凄いと思っていた自分が、妬ましくなった。憧れが憧れではなくなった。
そして、また、「理想」を抱いている。
反抗する心がどうしても必要だった。批判的思想でニュースを見ること、社会の授業を受けることが明るい未来ではないけれど、大人に対する何かがあって、心が踊った。
心の中の気持ちと上手く付き合うことは出来なかったかもしれない。表面上で。
でも、心の中の気持ちを知ることができたかもしれない。プラスなのか、マイナスなのかはわからないけど。そもそも、誰にとってなのかも。
常に正しさを求めると、大抵のことは正しさがわからないことに気づく。私を基準とするのか、世間を基準とするのか。利己主義にはなりたくない。でも、反抗心が邪魔をする。
後悔をすること。そしてあの時は〇〇すれば良かったと思うこと。それって、大抵のことはその時の私の最大限の選択だとか、迷いに迷った決断であって。なのに燻ってしまう自分がいる。
だからといって考えるな!というと、絶対に違う。理由がわからないのに、絶対と言い切ってしまう。おかしなこと。
だから、「歯切れが悪い」のだと思う。勝手に枠を作ってはみ出たら、どう修正すれば良いかわからなかった。わかりたくなかったのかもしれない。
正解を求め続けていた私。そもそも正解などなかったのかもしれない。正しさに縛られなくて、でも、縛られたくもない。わがままだ。
新しい環境が始まる。
理想と現実の狭間で生きる私。
正しさを求めること、意外と好きかもしれない。理想に裏切られ、現実に突き刺さること。「歯切れが悪かった」こそ、わかったこと。
どんな現実でも、かかってこい!
振り返った時に、バカバカしくて、カッコ悪くて、ダサいと、とことん思ってやる!!
こんな強気で、始まる新生活、悪くないな。
誰でも無料でお返事をすることが出来ます。
お返事がもらえると小瓶主さんはすごくうれしいと思います
▶ お返事の注意事項