「お前を産んだ時は本当に大変だった。夫は何にも手伝ってくれないし、友達は皆独身だったから誰にも頼れないし、親とも仲良くないし。全然泣き止まなかったから、枕をうるさい顔に押し付けて殺そうとしたこともあったよ」
母は言う。笑いながら言う。私の身体の痣と、心の傷を眺めながら言う。私も笑った。成る程、私の鼻が低いのは、小さい頃に押し潰されたせいなのね。
母の苦労は良くわかる。アルコール中毒で、すぐに暴力を振るい、中身が子供である父は、今現在、50代になっても成長する気配がない。全く何も出来ない、しない癖に、気に入らないことがあると駄々をこねて、怒鳴って、人を殴る。それは家庭内だけに限らず。会社でも問題を起こしていたらしい。逮捕歴もある。
大変だっただろう。私がずっと泣いていたのは、産み落とされたハズレくじの人生に対する不安と恐怖におののいていたからに違いない。しかしそれは母も同じだった。笑って許そう。
しかし一つ、疑問がある。私には、一歳違いの弟がいるのだ。大変だったのなら何故、もう一個体をせっせとこしらえたのだろう。
孫の顔が見られないと嘆く両親の未来が見える。親不孝でごめん、私は無性愛者、いやそれでもなく、他人の不幸を愛する、最低な人間に育ってしまった。私が出逢いたいと思うのは、居たかもわからない物語の登場人物だけ。だって皆馬鹿なのだ、身体さえ差し出せば飛び付いてくる猿ばかりなのだ。愛なんて性欲を良いように言い換えただけ。私に捨てられた男どもが泣いたり悔しがったり怒ったりする様を見ると、胸が踊って仕様がないのだ。
貴方はきっと違うだろう。違うよね。貴方がアイリーン・アドラーに向けた感情は、私が貴方に注ぐものときっと同じであろうと、信じたまま死んでいきたい。